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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊

香川県観音寺市豊浜町に陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊がありました。
陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊 留魂像(香川)
▲船舶幹部候補生隊が訓練を行った一の宮海岸に建つ留魂像

【探索日時】
平成20年1月2日





陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊 概要
陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊は富士瓦斯紡績㈱豊濱工場を借用、船舶幹部候補生第十期298名、十一期1,500名、十二期1,300名、十三期1,200名(未修了)、特別甲種幹部候補生1,500名(未修了)の教育を実施しました。
教育修了後、各候補生は曹長に任官、船舶司令部隷下の各船舶部隊に初級幹部として配属されました。
同じ陸軍船舶練習部隷下で似た名称の船舶特別幹部候補生隊があり、両隊とも紡績工場を校舎として転用、関連地名は豊浜と豊島だった事から混同されがちです。
また、四式肉薄攻撃艇とともに語られる事が多く海上挺進戰隊要員の教育施設と捉えられていますが、決してそうではありません。


遺構について
陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊
明治45(1912)年2月、実業家・渾大防芳蔵氏の主唱によりメリヤス向け特殊糸の品質向上・統一のため、5月10日、大阪に大阪莫大小紡織㈱が設立され、昭和6(1931)年5月、明正紡織㈱に改称します。
昭和12(1937)年2月、三津屋、佃、三島、川之江に続き一の宮海岸60,000坪を埋め立て豊濱工場の建設を開始、昭和14(1939)年、竣工します。
昭和16(1941)年5月1日、紡績聯合協議會における紡績業整備統合の議決(昭和15年11月8日)により明正紡織㈱は富士瓦斯紡績㈱と対等合併(明正紡織社長の堀文平が新社長に就任)し豊濱工場は富士瓦斯紡績㈱ 豊濱工場になります。

昭和19(1944)年、戦局の急迫に伴い豊濱工場は閉鎖、4月1日、留守第五師團経理部?に貸与され、10日、陸軍船舶練習部 船舶特別幹部候補生隊が開隊(6月以降、小豆島に移転)、紡績機械を片付け、積もった埃を払い工場、寄宿舎を教室、兵舎として転用、次いで29日、船舶幹部候補生隊が開隊し教育を開始します。
陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊(香川)
▲陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊隊門

昭和20(1945)年8月16日、大東亜戦争停戦に伴い、30日、船舶幹部候補生隊は復員完結、11月30日、陸軍省の廃止に伴い豊濱工場は富士瓦斯紡績㈱に返還されます。
平成20(2008)年3月31日、国内繊維生産体制の再編に伴い豊浜工場は閉鎖、建物は全て破壊、平成25(2013)年9月、敷地は㈱四電工に貸与され、太陽光発電所が建設、現在に至ります。
陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊 兵舎跡(フジボウ敷地)(香川)
▲フジボウテキスタイル㈱豊浜工場内に遺されていた寄宿舎

陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊 兵舎跡(フジボウ敷地) (2)(香川)
▲同じく木造建屋
  この先に教場兼兵舎として使用されていた工場建屋がありましたが、塀が高く見通せませんでした

陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊 訓練海域(香川)
▲船舶幹部候補生隊が訓練を行った一の宮海岸

陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊 留魂像 (2)(香川)
▲一の宮公園内に建立された「留魂」碑
  昭和60(1985)年10月14日、豊浜会により建立

陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊 繋留用ブイ繋止錨(香川)
▲留魂碑に置かれている浮標繋留用の錨


陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊と船舶特別幹部候補生隊 略歴
昭和18(1943)年12月14日、勅令第九百二十二號により「航空、船舶、通信、技術等關係部隊ノ戰力ヲ急速ニ強化スル為實務教育ヲ主トスル下士官補充制度」が定められ、12月15日、15歳以上20歳未満の志願者(中学校3年2学期修了程度の学力保有者)から航空、船舶関係の陸軍特別幹部候補生(特幹)採用が行われます(1年6か月の教育修了ののち伍長に任官)。

昭和19(1944)年4月10日、特幹第一期生からなる船舶特別幹部候補生隊(於保佐吉中佐、以下「船舶特幹隊」と略)1,890名が香川県三豊郡豊浜町(旧富士紡績㈱豐濱工場)に入隊、11日、船舶司令官・鈴木宗作中将、陸軍船舶練習部長・馬場英夫少将臨席のもと入隊式が挙行、基礎教育を開始します。
船舶特幹隊は本部(部隊長:大佐、中佐、少佐)、6個中隊(中隊長:大尉、中尉)で編成されます。
各中隊は5個区隊(区隊長:少尉、中尉)で構成され、さらに区隊は2個教育班(班長:伍長、軍曹、班員31、2名)で構成されました。

25・26日、船舶幹部候補生 第十期298名が陸軍船舶練習部(宇品)を出発、機動演習をしつつ豊浜に到着、29日、船舶幹部候補生隊(村中四郎大佐、以下「船舶幹候隊」と略)の開校式が挙行されます。
(甲種)幹部候補生は4ヶ月以上在営した兵(中等学校卒業以上の学歴保有者)から選抜、1ヶ月で伍長、3ヶ月で軍曹、教育修了後に曹長(見習士官)に任官しました。
船舶幹候隊は本部(部隊長:大佐、中佐、少佐)、複数の中隊(中隊長:大尉、中尉)で編成されます。
本部は指導将校、見習士官、教官、筆生など100名、各中隊は5個区隊(区隊長:少尉、見習士官、区隊員30名)で構成され第一~第三区隊が甲板部要員、第四・第五区隊が機関部要員として専門教育を履修、前期(5~8月:基礎訓練)修了後に中隊、区隊の編成替えが行われ後期(9~10月:実地訓練・自主演習)の授業が開始されました。

日課は5:30起床・点呼、6:00朝会・朝食、8:00~11:00課業、12:00中食・休憩、13:00~17:00課業、18:00夕食・休憩、19:00~19:50自習(第一段)、 20:10~21:00自習(第二段)、21:00~21:20反省、21:30日夕点呼、22:00消燈でした。

二期の実地訓練は大発(始動、操舵、離岸、接岸)、小発(大発の接岸不可能な場所での運用)、潜水輸送(潜航輸送艇の運用)、大型輸送艇(SS艇:機動艇、SB艇:海軍移管の二等輸送艦)、その他(通信、気象、断崖登攀、船上避難、宇高連絡船実習、軍歌)が行われます。

5月12日、船舶幹候第十一期1,500名が入隊(12月15日、修了。うち100名が海上挺進戰隊群長要員に)しますが、設備が狭隘になった事から、6月下旬から7月初旬にかけ、船舶特幹隊は香川県小豆郡渕崎村(旧東洋紡績㈱渕崎工場)に移駐します。

15日、船舶幹候第十期が教程を修了、うち52名が海上挺進隊群長要員として船舶練習部に、25日、船舶特幹第一期の終了式が挙行され、1,718名が海上挺進戰隊要員として船舶練習部に、172名が船舶工兵第九聯隊補充隊(和歌山)に配属されます。

10日、船舶特幹 第二期1,900名が入隊します。 ・・・小豆島
(昭和20年1月10日、教程修了。配属先は船舶工兵第九聯隊476名、船舶整備教育隊302名、海上驅逐隊298名、機動輸送隊248名、潜水輸送教育隊202名、船舶通信聯隊130名、船舶工兵通信隊56名)

12日、船舶幹候 第十二期1,300名が入隊します。 ・・・豊浜
(昭和20年4月29日、修了。うち海上挺進戰隊群長要員100名)

昭和20(1945)年1月15日、特別甲種幹部候補生(特甲幹第一期生)が船舶幹候隊に入隊(教育中に停戦)します。・・・豊浜

2月10日、船舶特幹 第三期2,160名が入隊します。 ・・・小豆島
(昭和20年5月29日、修了。船舶工兵第九聯隊補充隊673名、海上挺進戰隊要員1,193名、甲種幹部候補生249名、指導候補生39名、ほか27名)

6月10日、船舶特幹 第四期2,100名が入隊(疎開中に停戦)します。 ・・・小豆島

18日、船舶幹候 第十三期1200名が入隊(教育中に停戦)します。 ・・・豊浜

8月6日0815、広島市に米軍により原子爆弾が投下され県庁機能が麻痺したため、1130、船舶司令官・佐伯文郎中将は隷下部隊に平常業務と教育訓練の中止、全力での罹災者の救助を下令します。

15日、船舶幹候隊、船舶特幹隊は教育中、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。

8月30日、軍令陸甲第十一號により除隊、復員完結します。


主要参考文献
『マルレの戦史(改訂・増補版)』 (平成21年 陸軍船舶特別幹部候補生第一期生会マルレの戦史編集部)

『戦後七〇年 留魂像に思いをはせて 豊浜暁部隊の記録』 (平成27年9月 観音寺市文化財保護協会)

『日本特攻艇戦史』 (平成20年8月 木俣慈郎 光人社)

『富士紡績百年史 上巻・下巻』 (平成9年 富士紡績株式会社社史編集委員会)

『明正紡織株式會社廿五年史』 (昭和12年5月 明正紡織株式會社)
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プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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