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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

軽巡「神通」発見

先日、ソロモン海域において駆逐艦「新月」を発見した故ポール・アレン氏の探索チームが昭和18年7月13日、コロンバンガラ島沖海戦において海没した「神通」を発見しました。

公式サイト RV Petrel





「神通」は川内型軽巡洋艦の二番艦(所謂五千五百屯型)として大正11(1922)年8月4日、㈱川崎造船所神戸工場において起工、大正12(1923)年12月8日、進水、大正14(1925)年7月31日、竣工、同日、就役します。

昭和2(1927)年8月24日、三保ヶ関沖で行われた第八回基本演習(夜間無灯火演習)において、駆逐艦「蕨」と衝突、蕨は沈没、神通も艦首を喪失してしまいます(三保ヶ関事件)。

昭和16(1941)年12月8日、第二水雷戦隊旗艦として大東亜戦争を迎え、第十四軍の比島攻略戦を支援、ダバオ、ホロ、次いでアンボン攻略戦、昭和17(1942)年2月27日、スラバヤ沖海戦において連合軍艦隊を撃破、ミッドウェー海戦、ガ島攻防戦に参加します。

昭和18(1943)年7月13日、コロンバンガラ島沖海戦に第二水雷戦隊旗艦(伊崎俊二少将坐乗)として参加、2303、敵艦隊を発見するとともに伊崎少将は砲雷同時戦、次いで麾下駆逐艦の砲雷撃戦を有利にすべく探照灯照射を下令したため、神通に敵弾が集中、艦橋への直撃弾により伊崎少将以下二水戦司令部、艦長・佐藤寅治郎大佐以下艦首脳部総員が散華、全艦に火災が発生、さらに舵故障、2322、罐室破壊により航行が不能、2348、魚雷2本を受け船体が両断し艦尾側が沈没するも艦首側はなおも砲撃を続けながら2時間後に沈没してしまいます。
神通は敵艦から2,630発を射撃され、うち10発程を被弾した様です。
神通 コロンバンガラ島沖海戦
▲コロンバンガラ島沖海戦において探照灯を照射する「神通」

神通 神通
▲奮戦中の「神通」

海軍精神でもある指揮官率先を体現し、最期まで敢闘精神を失わず壮絶な最期を遂げた「神通」は地味な五千五百屯型の中でも人気があり、注目度の高い軍艦です。

昨日、公表された動画を見ると伝えられている通り艦首側は横転、艦尾側は正しい姿勢で沈んでおり、兵装がかなり遺されているものの艦橋や煙突らしい画像はありませんでした。

以下に動画から切り取った画像を掲載します。
艦首
神通は三保ヶ関事件において艦首を切断、同じく損傷した那珂とともに従来のスプーンカーバーバウからダブルカーヴェチャーバウに改装されます。
神通 艦首

御紋章取付板と菊の御紋の基礎
神通 御紋章取付板

前部檣頭
艦首側は横倒しになっているため倒れています。
左側の三角の部分はこの上にあった主砲指揮所のステー、右側の柵のある部分が左舷側の二番探照灯座。
神通 前檣探照灯座
 
二十五粍二聯装機銃
昭和16年9月、前部発射管を撤去した跡に増設された二聯装機銃4基のうち1基です。
神通 二十五粍二聯装機銃
 
旧発射管跡の機銃が正位置で遺り、前檣が倒れている事から、被雷により両断した箇所は一番煙突乃至二番煙突付近の様です。

三年式十四糎砲
神通は艦首に2基、艦橋両側に1基づつ、射出機の前後に3基の合計7基を搭載していました。
神通 三年式十四糎砲

別の主砲
こちらは仰角をかけたままです。
伝えられている通り最期まで砲戦を続けた主砲の様です。
神通 三年式十四糎砲2

射出機
神通 射出機

九二式四聯装発射管
酸素魚雷用の発射管で四番煙突後方のシェルター甲板下の両舷に装備されました。
同発射管は艦尾側を向くのが正位置で旋回部は開口部の前部にある事から、この発射管は右舷側の様です。
神通 九二式四聯装発射管 (1)

こちらは向きから左舷側の様です。
神通 九二式四聯装発射管 (2)

爆雷投下台
艦尾両舷にありました。
神通 爆雷投下台
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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