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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

徳島海軍航空隊 送信所

徳島海軍航空基地から西に7km、鳴門市大麻町に徳島海軍航空隊 送信所がありました。
徳島海軍航空隊送信所 A 南西から (3)(徳島)
▲㈱宮崎椅子製作所に遺る徳島海軍航空隊送信所の兵舎と思しき建物

【探索日時】
平成29年1月9日





徳島海軍航空隊 送信所 概略
昭和13(1938)年10月、海軍航空本部は徳島県板野郡松茂村(現、徳島県板野郡松茂町)の水田地帯に練習航空隊設営を計画、昭和14(1939)年9月1日、工事が起工され、昭和17(1942)年4月1日、徳島海軍航空隊が開隊、昭和18(1943)年6月2日、徳島海軍航空基地の竣工式が挙行されます。

※『徳島海軍航空基地 (徳島海軍航空隊)』の詳細はこちら

送信所の建設経緯は不明ですが、航空基地と同時に用地買収、設営されたと思われます。

昭和20(1945)年8月16日、大東亜戦争停戦に伴い、10月21日、米第6軍第24歩兵師団が三津浜港に入港、26日、愛媛県立図書館に司令部を開設し、四国地方に進駐を開始します。

昭和21(1946)年、航空基地の接収が解除され大蔵省に返還、四国財務局の管理下に置かれます(送信所も同時期に返還?)。

その後(時期不明)、旧送信所(建物一帯)は坂東輸出織物に貸与されます。
昭和33(1958)年3月16日、航空基地跡に海上自衛隊・徳島航空隊が発足し徳島飛行場の造成を開始、国有地である旧送信所の貸与地周辺の遊休地から土砂が採取(現在、畑地部分が下がっているのはこのため)された後、農地として払い下げられます。
昭和44(1969)年、㈱宮崎椅子製作所が旧送信所を買収、創業を開始し現在に至ります。
徳島海軍航空隊送信所 坂東送信所(徳島)
▲徳島海軍航空隊 送信所 遺構配置

当時は兵舎、送信機室、発電機室、附属建物3棟の合計6棟があり、『施設引渡目録』では全て“木造平屋”との記載ですが、現存遺構を見ると煉瓦造のモルタル仕上げです。

紹介の遺構は㈱宮崎椅子製作所(工場として使用)、梨畑内に遺り見学にはそれぞれ許可が必要です。

A 兵舎
戦後の空撮から『目録』最大の建物(225,000㎡)である「兵舎」と思われます。
徳島海軍航空隊送信所 A 南西から(徳島)
▲正面側
  御厚意で車をどけて頂きました

徳島海軍航空隊送信所 A 南東から(徳島)
▲逆方向から
  建物が建て込んでおり斜めににか撮影できません

徳島海軍航空隊送信所 A 南から(徳島)
▲渡り廊下連結部
  南側にあった送信機室棟に繋がっていました

徳島海軍航空隊送信所 A 南西から (2)(徳島)
▲西側

徳島海軍航空隊送信所 A 北西から (3)(徳島)
▲北側

徳島海軍航空隊送信所 A 北西から(徳島)
▲北側に出っ張った部分(炊事場?)

徳島海軍航空隊送信所 A 内部(徳島)
▲内部


B 発電機室
位置的に他の建物と離れた場所にあり「発電機室」(121,000㎡)と思われます。
増築と建て込みで殆ど見通せません。
徳島海軍航空隊送信所 B 北西から(徳島)
▲北側

徳島海軍航空隊送信所 B 南東から(徳島)
▲東側

徳島海軍航空隊送信所 B 内部(徳島)
▲内部


ア 正門門柱
向かって右側の門柱のみ遺ります。
徳島海軍航空隊送信所 ア 門柱(徳島)
▲看板の支柱に転用された門柱

徳島海軍航空隊送信所 ア 門柱 (2)(徳島)
▲塀の跡が遺ります

徳島海軍航空隊送信所 ア 門柱国旗掲揚金具(徳島)
▲国旗掲揚用の金具が遺ります


イ 送信塔固定部基礎
畑の際に遺ります。
位置的にイ・ウ・エは中央にあった送信塔を支える空中線の支柱の様です。
徳島海軍航空隊送信所 イ 送信塔基礎(徳島)


ウ 送信塔固定部基礎
同じく畑の際に遺ります。
徳島海軍航空隊送信所 ウ 送信塔基礎(徳島)


エ 送信塔固定部基礎
梨畑の中に遺ります。
徳島海軍航空隊送信所 エ 送信塔基礎(徳島)


オ 送信塔固定部基礎
梨畑の中に遺ります。
位置的にオ・カは中央にあった送信塔を支える空中線の支柱の様です。
昨年まで南側のニンジン畑にも1基あったそうです。
徳島海軍航空隊送信所 オ 送信塔基礎(徳島)


カ 送信塔固定部基礎
梨畑の中に遺ります。
イ・ウ・エ・オの固定部基礎は正方形の同型ですが、カのみ歪な形状をしています。
徳島海軍航空隊送信所 カ 送信塔基礎 (3)(徳島)
▲外側

徳島海軍航空隊送信所 カ 送信塔基礎(徳島)
▲内側


キ 送信塔基礎
梨畑の中に遺り、南端は畦道に飛び出しています。
位置的にキ・ク・ケは中心の送信塔の基礎の様です。
徳島海軍航空隊送信所 キ 北から(徳島)


ク 送信塔基礎
梨畑の中に遺ります。
徳島海軍航空隊送信所 ク 北から(徳島)


ケ 送信塔基礎
畦道に遺ります。
徳島海軍航空隊送信所 ケ 西から(徳島)

最後に突然訪ねてきた自分に快く見学させて頂き、車までどけて頂いた㈱宮崎椅子製作所様、梨畑の所有者様にこの場を借りて御礼申し上げます。
ありがとうございました。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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