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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

濱坂陸軍演習場

国の天然記念物「鳥取砂丘」は濱坂陸軍演習場の跡地です。
濱坂陸軍演習場 陸軍省所轄地 (2)(鳥取)
▲鳥取大乾燥地研究センター付近に移設されている「陸軍省所轄地」の境界石標

【探索日時】
平成30年12月18日





濱坂陸軍演習場 概略
鳥取県の海岸線の5割を占める砂丘のうち比較的平坦な西部(日野川河口:弓ヶ浜)4,401haは元禄13(1700)年から、中部(天神川河口:北条)1,578haは安政5(1858)年から、東部(千代川河口:鳥取砂丘)2,507haは天明5(1785)年から開拓されましたが、起伏が激しく飛砂の多い東部砂丘の海岸線は放置されていました。

明治29(1896)年1月、政府は外圧、特にロシアの侵攻に備え安全保障のため、軍備増強を決定し、3月14日、陸軍省は『陸軍平時編制』を改定し第七から第十二師團の編成を決定します。
5月1日、陸軍省は『陸軍常備團體配備表』を改正し、鳥取市に歩兵第四十聯隊の設置を決定、東伯郡に谷村陸軍演習場が開設されます。
8月下旬、兵営が起工され、明治30(1897)年4月25日、大阪から歩兵第四十聯隊が転営、谷村陸軍演習場の供用を開始、兵営近隣の砂丘も臨時的に演習に使用されされます。

大正14(1925)年、東部砂丘に正式に濱坂陸軍演習場が開設(大正15年、砂丘は大蔵省から陸軍省に移管)、兵営から遠隔地にある谷村陸軍演習場は閉鎖されます。
当演習場は第十師團長(昭和20年2月1日から中部軍管區司令官)が管轄、主管1名が駐在し管理にあたりました。
濱坂陸軍演習場 鳥取砂丘(鳥取)
▲観光客で賑わう濱坂陸軍演習場跡に広がる鳥取砂丘

昭和20(1945)年8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』が煥発、16日、停戦に伴い、28日、『戰争終結ニ伴フ國有財産處理ニ關スル件』の閣議決定により濱坂陸軍演習場は内務省を通じ大蔵省に移管されます。

昭和21(1946)年、鳥取農林専門学校(昭和24年、鳥取大学に改組)が演習場跡230haを借受け(昭和30年、116haが移管)開墾を開始、昭和26(1951)年、鳥取市に残り半分が払い下げられます。
鳥取市は当初、砂丘の全面緑化を計画しますが、昭和29(1954)年から砂丘の保全が図られ、昭和30(1955)年、30haが天然記念物に指定、昭和52(1977)年には146haに拡大され、現在に至ります。


遺構について
濱坂陸軍演習場
残念ながら濱坂陸軍演習場の正確な範囲、境界が不明なため踏査しませんでした。
参考論文、昭和23(1948)年の空撮から西が千代川から袋川に沿って浜坂地区こどもの国を含み、多鯰ヶ池に沿って砂丘センターを含み、塩見川まででは無いでしょうか。

陸軍省所轄地
「ブラタモリ」で紹介された物で、祐実総軍三等兵様と見に来ました。
コンクリート製の境界石標で、砂が天然のサウンドブラスターになり摩滅しています。
位置的に移設の様ですが、元々どこにあった物か不明です。
濱坂陸軍演習場 陸軍省所轄地(鳥取)


魂記
鳥取砂丘が陸軍演習場だった事を表す碑で、砂丘センター入口にあります。
昭和41(1966)年秋、鳥取聯隊会により建立されました。
車回し内に隠される様にあり「われらこの地に祖国を守るため身心を鍛錬したり」とだけ刻字されていますが、彫像もデフォルメされており、一見何の碑か分かりません。
濱坂陸軍演習場 鳥取砂丘 記念碑(砂丘センター西側の繁み)(鳥取)


ビルマ方面 戦没者慰霊塔
鳥取砂丘の近傍に建立されています。
昭和53(1978)年8月15日に鳥取県ビルマ會、兵庫県明妙會により建立されました。
姫路で編成された第五十四師團、及び鳥取で編成され同師團隷下に編入された歩兵第百二十一聯隊の英霊2,900余柱を慰霊すべく建立されました。
ビルマ方面 戦没者慰霊塔(鳥取)


主要参考文献
『鳥取砂丘の開発と保全』

『陸軍演習場規則』各年代
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プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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