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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

佐世保海軍警備隊 皆同高角砲台

長崎県大村市に所在した大村海軍航空基地・第二十一海軍航空廠の北東、皆同(かいどう)町の今富城跡に佐世保海軍警備隊 皆同高角砲台がありました。
皆同防空高角砲台 イ1弾庫?(長崎大村)
▲竹林に遺る兵員待機所(と思われる遺構)

【探索日時】
平成26年1月29日、平成31年3月9日





佐世保海軍警備隊 皆同高角砲台 概略
昭和16(1941)年11月12日、軍令海第二十三號『海軍警備隊令』により佐世保鎭守府麾下に佐世保海軍警備隊(千葉慶藏少将)が編成され佐世保第一海兵團に本部を開庁、佐世保鎭守府陸上防備部隊に部署、既設の軍港警備隊、防火隊、防毒隊、救護隊、高射指揮所、防空砲台15、防空見張所4・同特設見張所4ヶ所、特設監視艇、聴音照射所を佐世保海兵團より移管され管下に編入し佐世保鎭守府地区、及び西南海面の警戒にあたります。

昭和17(1942)年3月、官房機密第九八八號訓令、佐鎭命令第八三號により大村地区防空のため長崎(稲佐山?)高角砲台の八糎高角砲2門、百十糎探照灯1基を皆同に移転、4月、移転完了し皆同高角砲台が竣工(水田袈裟雄兵曹長)、佐世保海軍警備隊高射隊に部署されます。
昭和19(1944)年2月1日、皆同高角砲台は佐世保海軍警備隊高射隊大村地区に部署されます。
7月1日、佐世保鎭守府命令第二二〇號により佐世保海軍警備隊は田島岳高角砲台の八糎高角砲2門を皆同に教練設営を兼ね移設下令され、27日、完工します。

10月25日0936、空襲警報発令、B29爆撃機が大村地区に来襲、0945、砲撃始め下令、皆同は3回に渡り131発を発射しますが、戦果は無く、八糎高角砲では高々度を飛行する敵機に有効弾を与える事ができず、事後同砲台は低空で来襲する艦上機への対空戦闘(昭和20年3月18日から)のみ実施します。

昭和20(1945)年8月15日、大村地区に部署された箕島、諏訪、千綿、諫早、東ノ浦、福重高角砲台とともに大村海軍航空基地、第二大村海軍航空基地、第二十一海軍航空廠の防空にあたるなか、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。
停戦時の装備は四十口径三年式八糎高角砲4門、測距儀1、百十糎探照灯1、発電機1でした。
川棚防空砲台 三年式八糎高角砲(長崎川棚)
▲三年式八糎高角砲(靖國神社)


遺構について
佐世保海軍警備隊 皆同高角砲台
砲台は今富城跡に設営(借地?)され、城郭探索関係の方が紹介しているので僕も入りましたが、遭遇した所有者の方によると2家の方の私有地だそうです。
ただ、入っても問題ないそうです。
砲台の遺構はほぼ完存している様で、頂部の主郭部分に砲座4基、指揮所、探照灯座が配置されていますが、土取か土砂崩れにより砲座2基は崩壊しており、整備されていないため全体に荒れています。
北側斜面に発電機置場と思われる窪地、閉鎖された退避壕?地下指揮所?、地下施設(弾庫2と要具庫?)3基が遺ります。

佐海警の『引渡目録』にある図面は方角間違い、描き忘れと総じていい加減なのですが、皆同はその中でも屈指のいい加減さで詳細は不明です。
皆同防空高角砲台 皆同防空砲臺(長崎大村)
▲『引渡目録 佐世保海軍警備隊 長崎の部』を修正した配置図

皆同防空高角砲台 現在(長崎大村)
▲遺構の配置

ここは初回探索時、大雨の中欲張って行ってしまい飛行機に乗り遅れ、無駄な出費をした思ひ出がある場所です(´・ω・`)

ア 一番砲座
竹林内に遺りますが、周辺が荒れているうえ殆ど埋もれています。
形状は以前紹介の川棚高角砲台と同型と思われ、コンクリート製の基礎に小型の砲側弾薬置場に加え大型の兵員待機所?が附属しています。
皆同防空高角砲台 ア1 弾庫?(長崎大村)
▲殆ど埋まった待機所

皆同防空高角砲台 ア1 弾庫? 内部(長崎大村)
▲内部

皆同防空高角砲台 ア1 弾庫? 内部 (2)(長崎大村)
▲入口から向かって右側にある棚状の窪み

皆同防空高角砲台 ア2 砲側弾薬置場(長崎大村)
▲殆ど埋まった砲側弾薬置場

砲側弾薬置場が1基しか見えませんでしたが、埋まっていると思われます。


イ 二番砲座
こちらも竹林内にあり、辛うじて状態の確認ができます。
アと同型です。
砲側弾薬置場が4基、大型の兵員待機所?1基があります。
皆同防空高角砲台 イ1弾庫?(長崎大村)
▲待機所イ1

皆同防空高角砲台 イ1弾庫? 内部(長崎大村)
▲内部

皆同防空高角砲台 イ1弾庫? 内部右側の空間(長崎大村)
▲右側の棚

皆同防空高角砲台 イ1弾庫? 内部から(長崎大村)
▲内部から外

皆同防空高角砲台 イ1弾庫? 入口の階段(長崎大村)
▲待機所入口は階段があり砲座に出ます

砲側弾薬置場は4基遺りますが、全て埋まっています。
皆同防空高角砲台 イ2 砲側弾薬置場(長崎大村)
▲砲側弾薬置場イ2
 
皆同防空高角砲台 イ3 砲側弾薬置場(長崎大村)
▲砲側弾薬置場イ3

皆同防空高角砲台 イ4 砲側弾薬置場(長崎大村)
▲砲側弾薬置場イ4

皆同防空高角砲台 イ5 砲側弾薬置場(長崎大村)
▲砲側弾薬置場イ5


ウ 三番砲座
土取?斜面崩壊?により砲側弾薬置場1個を残し滅失しています。
皆同防空高角砲台 ウ 砲側弾薬置場(長崎大村)
▲砲座は完全に崩落しており残骸すら遺っていません

皆同防空高角砲台 ウ付近のコンクリート(砲座の一部?)(長崎大村)
▲斜面に遺るコンクリートの塊


エ 四番砲座
同じく砲側弾薬置場2個を残し滅失しています。
皆同防空高角砲台 エ 砲座 1(左)・2(長崎大村)

皆同防空高角砲台 エ1(長崎大村)
▲左側の砲側弾薬置場

皆同防空高角砲台 エ2(長崎大村)
▲右側の砲側弾薬置場


オ 指揮所
多角形で円形にしたコンクリート製掩体で、砲座の後方中央にあります。
南東に土製の掩体があり、元々は全周を囲っていたのかも知れません。
皆同防空高角砲台 オ 指揮所 (4)(長崎大村)
▲竹で見通せません

皆同防空高角砲台 オ 指揮所 (3)(長崎大村)
▲別角度から

皆同防空高角砲台 オ 指揮所 (2)(長崎大村)
▲入口近影

皆同防空高角砲台 オ 指揮所(長崎大村)
▲内部

皆同防空高角砲台 オ南東の土堤(長崎大村)
▲指揮所南東にある土堤


カ 退避壕
コンクリート製で斜面北側の鉄塔の裏にあります。
ブロックで閉鎖されており詳細は不明ですが、向きや位置から地下指揮所かも知れません。
皆同防空高角砲台 カ 壕口 東から(長崎大村)

皆同防空高角砲台 カ 壕口 右側の記銘(昭和二十年四月十日起工、同月二十日完工)(長崎大村)
▲壕口右側に遺る「昭和二十年四月十日起工 同月二十日完工」の刻字


キ 石積み
建物の基礎の様ですが詳細は不明です。
『引渡目録』にある木造の指揮所跡でしょうか?
皆同防空高角砲台 キ 石積列(長崎大村)


ク 方形窪地
斜面を掘り込んで石で補強してあります。
皆同防空高角砲台 ク 待機所?窪地(長崎大村)
▲右側が砲座、左側が下記ケ方形窪地


ケ 方形窪地
斜面下から通路が伸びています。
こちらも斜面を掘り込んで石で補強してあります。
皆同防空高角砲台 ケ 削平地窪地(長崎大村)


コ 探照灯座
砲座から東側に離れた最高部にあります。
六角形のコンクリート基礎の中央に円形の台座があり、6本のボルトが遺っています。
他所の遺構でも見た形状から探照灯の基礎と思われます。
皆同防空高角砲台 コ 探照灯座 南から(長崎大村)
▲探照灯台座部分

皆同防空高角砲台 コ 探照灯座 西から(長崎大村)
▲側面から見た基礎全体


サ 方形窪地
地面を掘り込んだ窪地で、大きさから発電機置場と思われます。
大村地区の砲台は当初、外部電源を引いていましたが、空襲の度に電路が切断され人力操砲になっている事から戦訓により自力発電を可能にすべく設置された様です。
皆同防空高角砲台 サ 掩体 南西から(長崎大村)


シ 地下施設
総コンクリート製の地下施設で壕口は2ヶ所あり、それぞれ民家の裏と竹藪の中にあります。
下記ス、セと同型ですが、規模が大きいです。
『引渡目録』にある弾庫と思われます。
皆同防空高角砲台 シ1 入口(長崎大村)
▲東側の入口

皆同防空高角砲台 シ 1→内部(長崎大村)
▲内部に入ると左側に部屋の入口があります

皆同防空高角砲台 ス 弾庫内部(長崎大村)
▲内部

皆同防空高角砲台 シ内部→入口(長崎大村)
▲奥から

皆同防空高角砲台 シ 内部→2(長崎大村)
▲西側の入口へ

皆同防空高角砲台 シ2入口(長崎大村)
▲西側の入口

皆同防空高角砲台 シ3 換気塔 南西から(長崎大村)
▲弾庫上部の畑に遺る換気塔

※許可を得て立ち入らせて頂きました。


ス 地下施設
総コンクリート製の地下施設で竹藪の中にあります。
スとセは同規格で上記シより一回り小さいです。
『引渡目録』にある要具庫と思われます。
皆同防空高角砲台 ス1 入口(長崎大村)
▲東側の入口

皆同防空高角砲台 ス1→内部(長崎大村)
▲入口から小部屋

皆同防空高角砲台 ス 弾庫内部 (3)(長崎大村)
▲内部

皆同防空高角砲台 ス内部→入口(長崎大村)
▲内部から

皆同防空高角砲台 ス2 入口(長崎大村)
▲西側の入口

皆同防空高角砲台 ス3 換気塔(長崎大村)
▲上部に遺る換気塔は1基


セ 地下施設
総コンクリート製の地下施設ですが、殆ど埋まっています。
無理したら入れない事も無いですが、辞めておきました。
『引渡目録』にある弾庫と思われます。
皆同防空高角砲台 セ2入口(長崎大村)
▲両側の入口

皆同防空高角砲台 セ1入口(長崎大村)
▲東側の入口

皆同防空高角砲台 セ1入口→内部(長崎大村)
▲内部
  上記スと同形状と思われます

皆同防空高角砲台 セ3換気塔(長崎大村)
▲斜面上にある換気塔

残念ながら全体的に荒れており、全ての遺構が見にくいです。
皆同防空高角砲台 砲台から見た航空基地方面(長崎大村)
▲砲台から見た第二大村及び大村海軍航空基地、第二十一海軍航空廠方面


主要参考文献
『引渡目録 佐世保海軍警備隊 長崎の部』

『佐世保海軍警備隊 戦時日誌』
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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