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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の南西の山中に鈴田隧道がありました。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 A1→ア(長崎大村)
▲地下壕内部

【探索日時】
平成29年3月9日





鈴田隧道 略歴
昭和16(1941)年10月1日、長崎県東彼杵郡大村町(現、大村市)に第二十一海軍航空廠が開廠し、航空兵器・同材料の造修、購買、準備、保管、供給を開始します。

昭和19(1944)年10月5日、海軍次官・井上成美中将より各鎭守府・警備府司令長官に生産施設の疎開、防護、偽装を促進する『工作廳・作業廳ノ防護強化方針』が示達され、10日、二十一空廠は廠内に防空壕の築造を開始するなか、25日0955、B29爆撃機59機が来襲、甚大な被害を蒙り、27日、各部・各工場の分散疎開を決定、移転先の選定、所有者との折衝を開始します。

11月11日、B29爆撃機80機が九州西部に来襲(被害軽微)、13日、飛行機部機械工場は鈴田地区に地下工場設営が検討されますが、設営に長期間かかるため、16日、波佐見金山廃坑道への疎開が決定、18日、移転を開始します(12月21日、操業開始)。

21日1000、B29爆撃機61機が来襲、發動機部及び補給部が被害を受けてしまいます。

昭和20(1945)年2月、二十一空廠は各部の工場・生産設備の疎開に着手、會計部(大村高女に所在)は大村公園・久原地区に、飛行機部は総組立・整備工場を廠内に置き、組立・部品工場は郡川、池田、水計、小路口(波佐見金山は疎開済み)に、發動機部は諫早町(現、諫早市)原口、永昌、公園(諫早城)、小栗(隧道含む)に、同素地工場は佐賀県藤津郡鹿島町(現、鹿嶋市)の酒蔵に、補給部は臼島(隧道)、福重(小隧道)、萱瀬林間道路、うちタイヤ類は小長井、小野、喜々津、富松神社に疎開工場を夫々建設し逐次移転を開始し生産・造修を続行します。

3月27日、B29爆撃機161機が来襲、發動機部第一機械工場が大破してしまいます。
3月、空廠本部、會計部事務所、補給部事務所移転のため佐世保海軍施設部大村地方施設事務所 鈴田第二〇〇部隊指揮のもと労務者が主体となり鈴田に「鈴田隧道」工事を開始します。

二十一空廠は空襲に曝されながら廠内、各疎開先工場で生産、造修を続けるなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。

鈴田地区の隧道について『放虎原は語る』では「昭和20年3月から着工」とあるだけですが、元ネタと思われる『第21海軍航空廠沿革史』では「昭和20年3月、施設部土木課により稲川内山に4ヶ所(幅2.7×高2.5m)、針尾山に4ヶ所(長140m)を着工、6月末に第一、七、八号隧道が貫通、第一号は空廠長室、御真影奉安室、第七、第八号は発動機部作業場として夫々130台、80台の工作機械を据え付け、7月頃から作業開始、8月13日、第一号は内装を完了(16日より使用開始予定)、第二~第六は岩盤が強固で工事が進捗しなかった(停戦時未完成)」とあります。

また、佐世保鎭守府と密接な関係にあった㈱梅村組の公式サイトには「昭和19年 鈴田隧道工事」とあり、この隧道は時期的に『放虎原~』にある飛行機部機械工場の地下工場(昭和19年11月13日、鈴田の地下工場に移転を検討)を指している思われます。

ほかに㈱間組により昭和19年から近隣に大村海軍病院の地下壕が掘削されていた様ですが詳細不明です。

今回紹介の「鈴田隧道」が上記(それ以外も含め)のどの施設に該当するか不明ですが、進捗状況、現状から昭和20年3月に開始された空廠本部の隧道でしょうか?。


遺構について
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道
現在、それぞれ約100mの総素掘りの隧道3本(貫通1本、未完成2本、枝坑により接続)合計550mの地下壕が遺ります。
道路から一段高い場所に南側の壕口2ヶ所が開口、北側の壕口は崩落?埋戻し?により閉鎖されています。
完成隧道を第一号隧道(空廠長用)と仮定すると二号、三号が未完成、以下第八までが高速道路建設で滅失と考えると第二十一海軍航空廠廠長用の地下壕と考えられますが、かなり希望的観測です(^_^;)

この地下壕は地元の探索者・大村太郎様が発見、共同で探索させて頂きましたが、壕口は危険なため一応閉鎖されている感じなので場所は伏せさせて頂きます。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 鈴田隧道(長崎大村)
▲鈴田隧道 見取図

ア 壕口
何とか入れます。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ア→A(長崎大村)

A 主坑
壕口付近がやや崩落していますが、内部の状態は良好です。
貫通しておらず、未完成です。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 A1→ア (2)(長崎大村)

1 枝坑
枝坑も状態は良好です。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 B→1(長崎大村)

エ 切羽
A主孔の奥は細く天井も低く、残土?も残り掘削中だった事が分かります。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 A奥の崩落→エ(長崎大村)


イ 壕口
有刺鉄線で閉鎖されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 イ 壕口(長崎大村)

B 主坑
壕口付近がやや崩落していますが、内部の状態は良好です。
貫通しておらず、未完成です。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 B1→B2方向(長崎大村)

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 B6付近の軌条跡(長崎大村)
▲B奥に遺る軌条の枕木跡

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 オ→B(長崎大村)
▲オ切羽付近に散乱する支保工の残骸

6 枝坑
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 B→6(長崎大村)

オ 切羽
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 オ切羽(長崎大村)


ウ 壕口
崩落して塞がっています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ウ 崩落(長崎大村)

C 主坑
こちらも状態は良く、貫通しています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 C4→C5方向(長崎大村)

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 C5-C6付近の支保工(長崎大村)
▲C4-C5間に遺る支保工
  『第21海軍航空廠沿革史』には「第一号隧道は中間に10m余の落盤があって」とあり、天井の状況から戦後の崩落では無く、当時からこの形状だった様で・・・希望的観測です。

4 枝坑
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 C→4(長崎大村)

7 枝坑
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 C→7(長崎大村)

8 枝坑
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 C→8 (2)(長崎大村)

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 C9→コ(天井低くなる部分)(長崎大村)
▲コ→Cの天井が低くなり部分

コ 壕口付近
壕口付近は造りが良く、完成していたと思われます。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 C9→コ(長崎大村)

コ 壕口
埋め戻されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 コ(長崎大村)


D 主坑
全体的に幅が狭く状態も悪く最も工程が遅れていた感じです。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 D12→D11(長崎大村)

10 枝坑
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 D→10(長崎大村)

11 枝坑
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 D→11(長崎大村)

カ 切羽付近
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 D10→カ(長崎大村)

ク 壕口
埋め戻されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ク 壕口(長崎大村)


E 主坑
一部浸水しています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 E12→E11(長崎大村)

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 E11→ケ方向(長崎大村)
▲浸水部分

測量杭
E11付近の天井に測量用の松杭が刺さっています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 E11天井の測量杭(長崎大村)

キ 切羽
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 キ(長崎大村)

ケ 壕口
埋め戻されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ケ(長崎大村)

※先述した様にこの地下壕は地元の探索者・大村太郎様に御案内頂きました。
未知の遺構を広範囲に御案内頂き、感謝に耐えません!ありがとうございました!
またお会いできるのを楽しみにしています!



主要参考文献
『放虎原は語る』 (平成11年3月 大村市)

『楠のある道から 第21海軍航空廠の記録』 (平成15年10月 児島明世 活き活きおおむら推進会議)

『間組百年史 1889-1945』 (平成元年 間組百年史編纂委員会)

アジ歴各種史料(佐世保海軍施設部、第二十一海軍航空廠引渡目録)
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プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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