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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

佐世保海軍警備隊 田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所

佐世保市街が一望できる事で有名な弓張公園の北側、但馬岳公園は田島岳高射指揮所、田島岳特設見張所の跡地にあります。
同地には一時、防空戦闘機隊指揮のため田島岳空戦指揮所が置かれます。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 ア 高射指揮所 (2)(長崎佐世保)
▲段差を利用して設営されている田島岳高射指揮所

【探索日時】
平成24年11月29日、平成31年3月14日





佐世保海軍警備隊 田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 概略
昭和12(1937)年7月7日、北支事変(9月2日、支那事変と改称)が発生、我が国の和平提案を無視した蒋介石政権により事変は長期化、さらに蒋政権を公然と支援する米国との関係が次第に悪化して行きます。
我が国は米国との交戦を避けるべく外交努力を続けつつ、軍令部は開戦に備え軍戦備の増強を開始、昭和16(1941)年3月、佐世保鎭守府は佐世保軍港防備のため弓張岳山頂に防空砲台用地を取得(農林省から移管?)、うど越しより山頂に続く軍道を開設、高角砲台を着工、9月、田島岳(弓張)高角砲台が竣工(三年式八糎高角砲2門、空中聴音機1基、須式九十糎探照灯1基)、佐世保海兵團管下に編入されます。
『戦時日誌』の内容から同時に田島岳高射指揮所も設営されたと思われます。
高射指揮所は全高角砲台、監視艇、見張所、防備衛所、佐世保海軍通信隊と有線・無線電話で繋がり情報の収集、対空戦闘の指揮を行いました。

11月12日、軍令海第二十三號『海軍警備隊令』により佐世保鎭守府麾下に佐世保海軍警備隊(千葉慶藏少将)が編成され佐世保第一海兵團に本部を開庁、佐世保鎭守府陸上防備部隊に部署、既設の軍港警備隊、防火隊、防毒隊、救護隊、高射指揮所、防空砲台15、防空見張所4・同特設見張所4ヶ所、特設監視艇、聴音照射所を佐世保海兵團より移管され管下に編入し佐世保鎭守府地区、及び西南海面の警戒にあたります。

昭和17(1942)年7月、田島岳に電探装備のため敷地造成着工(官房機密第一三一六四號、10月、完成)します。
12月、防空戦闘機隊指揮のため田島岳空戦指揮所田島岳特設見張所(戊:電探を使用する対空見張所※『戦時日誌』6月~11月分が無いためこの間不明)が編制に加わります。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 C 弓張岳から見た田島岳見張所(長崎佐世保)
▲弓張岳から見た田島岳高射指揮所、田島岳特設見張所(戦後の撮影)
  中央の塔状の物が一一号電探

12月20日、佐世保鎭守府の地下に防空指揮所が竣工、田島岳高射指揮所は監視艇、見張所9ヶ所からの情報集約に任務縮小されますが、昭和18(1943)年1月、再び全高角砲台、見張所の指揮に戻ります。

昭和19(1944)年7月、編制より田島岳空戦指揮所が削除、佐世保鎭守府の防空指揮所に任務移譲されます。

8月26日、高射指揮所に高島番岳高角砲台より二十五粍二聯装2基、単装2基を移装、単装1基を新装、11月26日、一三號電探の新設工事を着工(官房機密第四一七〇號、昭和20年1月14日、完了)します。

昭和19(1944)年7月8日(B24?)、8月10日(B29)、20日(B29)、10月25日(B29)、11月11日(B29)、21日(B29)、12月19日(B29)、昭和20(1945)年3月18日(B29)、6月29日(B29)の空襲に際し、それぞれ敵機を探知します。

停戦時の兵装は
田島岳高射指揮所
四十粍二聯装機銃2、同単装1、二十五粍二聯装5、同単装3、電話器42台。
指揮所(197㎡、鉄筋平屋)、兵舎(588㎡、木造平屋)、弾薬庫(18㎡、鉄筋平屋1)、付属家屋(220㎡、木造平屋)。
※建物は田島岳見張所を含む

田島岳特設見張所
電探3(二式一号一型1基、三式一号三型2基)、無線電信機1台、電波鑑査機1台。

佐世保には呉(高烏高角砲台)に装備された五式砲戦指揮装置「雷雲」の様な複数の防空砲台を統一指揮する装置は無く、各砲台が敵機を捕捉次第対空戦闘を実施していました。

8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』煥発、16日、停戦に伴い、28日、田島岳高角砲台、田島岳特設見張所、田島岳高射指揮所は内務省を通じ大蔵省に移管されます。

兵器、軍需品の処理ののち、『旧軍港市転換法』(昭和25年6月28日、公布)に基づき佐世保市に払い下げられ、戦災復興院の通牒(昭和21年5月30日、「軍用跡地ヲ都市計画緑地に決定スルノ件」)に従い、公園として整備され現在に至ります。
田島岳特設見張所・高射指揮所(長崎佐世保)
▲『引渡目録 佐世保海軍警備隊 長崎の部』を修正した配置図

田島岳(弓張)高角砲台 弓張岳・田島岳(長崎佐世保)
▲施設の配置
A 田島岳(弓張)高角砲台
B 田島岳特設見張所(電探のみ)
C 田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所

D 発電所
E 貯水槽
※緑文字が当記事の紹介施設


遺構について
C 田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所
現地説明板によると最高所に警戒用の一一号電探が配備されていた様です。
現在は整地され電探の痕跡は無く公園になっていますが、展望台のある弓張公園に比べると閑散としており、冬場は誰もいてません。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 C 説明(長崎佐世保)
▲最近建てられて説明板

田島岳特設見張所(長崎佐世保)
▲遺構の配置

ア 高射指揮所
昭和17(1942)年12月から昭和19(1944)年7月まで田島岳空戦指揮所が併置されます。
現在、開口部が全て埋められています。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 ア 高射指揮所(長崎佐世保)


イ 兵舎基礎
公園の削平地にコンクリートの基礎が遺ります。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 イ 東側上の土留(長崎佐世保)
▲兵舎下の煉瓦土留

田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 イ 北側中央基礎(長崎佐世保)
▲北側中央の基礎

田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 イ 東側基礎(長崎佐世保)
▲東側の基礎

田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 イ 南側西基礎(長崎佐世保)
▲南側西の基礎

田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 イ 北側階段(長崎佐世保)
▲階段
  所々に写っているコンクリート通路は戦後の物


ウ 煉瓦擁壁
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 ウ 煉瓦擁壁(長崎佐世保)


エ コンクリート構造物
用途不明です。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 エ コンクリート構造物(長崎佐世保)


オ 貯水槽
斜面にコンクリートの壁面が露出しています。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 オ 水槽?擁壁?(長崎佐世保)


カ 方形窪地
石積みにより補強されています。
位置的にこれが弾庫の掩体でしょうか?
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 カ 方形窪地 南から (2)(長崎佐世保)
▲全景

田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 カ 方形窪地 南から(長崎佐世保)
▲内部

田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 カ 方形窪地内部から入口(長崎佐世保)
▲東側にある入口から


キ 円形窪地
用途不明で殆ど埋まっています。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 キ 円形窪地(長崎佐世保)


ク 機銃座
説明板によると二聯装か単装か不明ですが毘式四十粍機銃の銃座との事です。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 ク 毘式四十粍機銃銃座 内部(長崎佐世保)
▲全景

田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 ク 毘式四十粍機銃銃座 b砲側弾薬置場(長崎佐世保)
▲a砲側弾薬置場

田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 ク 毘式四十粍機銃銃座 b掘り込み(用途不明)(長崎佐世保)
▲b砲側弾薬置場?
  破損しています


以下、機銃座先の斜面に遺りますが、写真はただの雑木林です・・・。
ケ 円形窪地
用途不明。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 ケ 円形窪地(長崎佐世保)


コ 勾玉型窪地
用途不明。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 コ 北から(長崎佐世保)


サ 三日月型窪地
用途不明。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 サ 半円窪地 北から(長崎佐世保)


シ 円形窪地
用途不明。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 シ 円形窪地(長崎佐世保)


ス 方形窪地
戦後の空撮を見ると、この中に木造の建物があった様です。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 ス 方形窪地 北から(長崎佐世保)


セ 方形窪地
同じく建物の掩体と思われます。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 セ 方形窪地 東から(長崎佐世保)


ソ 円形窪地
用途不明。
上記セ方形窪地の奥に写っていますが・・・?


タ 方形窪地
用途不明。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 タ 方形掘り込み(長崎佐世保)


チ 方形窪地
用途不明。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 チ 方形掘り込み(長崎佐世保)


ツ 石積み
用途不明。
防弾壁でしょうか?
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 ツ 石積擁壁 北から(長崎佐世保)


テ 円形窪地
用途不明。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 テ 円形窪地(長崎佐世保)


ト 円形窪地
用途不明。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 ト 方形窪地(長崎佐世保)


ナ 円形窪地
用途不明。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 ナ 方形窪地(長崎佐世保)


B 田島岳特設見張所(電探のみ)
現地説明板によると警戒用の一一号電探が配備となっていますが、同地に一一号が2基配備された記録が無く一三号電探の誤りでは無いでしょうか?
戦後の空撮を重ねると展望台の少し先にあった様ですが、痕跡すらありません。
田島岳特設見張所(長崎佐世保)


E 貯水槽
弓張岳と田島岳の中間にある最高所に円形の貯水槽が遺ります。
また両岳を結ぶ軍道跡の遊歩道に沿ってコンクリート製の境界石標が遺ります。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 E貯水槽(長崎佐世保)

26 海軍用地
コンクリート製で裏面に漢数字の通し番号があります。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 26 海軍用地二六 (1)(長崎佐世保)
▲表面

田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 26 海軍用地二六(長崎佐世保)
▲裏面

39 海軍用地
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 39 海軍用地三九 (1)(長崎佐世保)
▲39と40は正面の字体が異なります

田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 39 海軍用地三九 (2)(長崎佐世保)
▲裏面の字体は他と変わりません

40 海軍用地
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 40 海軍用地四〇 (2)(長崎佐世保)
▲正面

田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 40 海軍用地四〇 (1)(長崎佐世保)
▲裏面

46 海軍用地
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 46 海軍用地四六(長崎佐世保)

47 海軍用地
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 47 海軍用地四七(長崎佐世保)

31 海軍用地
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 31 海軍用地三一 (1)(長崎佐世保)
▲正面

田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 31 海軍用地三一 (2)(長崎佐世保)
▲裏面

73 海軍用地
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 73 海軍用地七三(長崎佐世保)


弓張岳中腹の鵜渡越しに昭和19(1944)年11月6日、電波探信儀新設工事が着工(官房機密第四一七〇號、)され、昭和20(1945)年1月15日、完了します。

『引渡目録』に鵜渡越電探所鵜渡越倉庫の記載がありますが、この施設については図面が無く位置は不明、戦後の空撮を見ると登山道と軍道の分岐辺りに倉庫の様な建物(現、病院跡地)が写っており、周辺には地下壕数箇所が遺っている事から、この場所が鵜渡越倉庫と思われます。

『引渡目録』によると停戦時、鵜渡越(田島岳特設見張所の記事に併記され、電探所か倉庫か不明)に中波送信機1、短波送信機2、無線電話機2、無線電信機2、電波鑑査機1台、また、鵜渡越電探所に電源及び整流器2台、鵜渡越倉庫に電波探信儀3、受信機2、無線電信機9、有線電話機24があった様です。


主要参考文献
『佐世保史跡探訪-歩く・見る・学ぶふるさと再発見』 (平成20年9月 佐世保史談会編集委員会)

『佐世保海軍警備隊 戦時日誌』

現地説明板

高射砲陣地と防空砲台
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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