FC2ブログ

当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

濱田陸軍練兵場

歩兵第二十一聯隊兵営の北側に濱田陸軍練兵場がありました。

<お断り>
濱田陸軍練兵場の写真を手違いで全削除してしまい当記事に写真は1枚もありません。
当記事は解説と遺構位置を示した地図だけの調査報告になります。


【探索日時】
平成25年12月4日





濱田陸軍練兵場 概要
明治29(1896)年3月14日、陸軍省は『陸軍平時編制』を改定(勅令第二十四號)し、歩兵第二十一聯隊の広島から島根県那賀郡石見村黒川(現、浜田市)への移駐を決定します。
8月、臨時陸軍建築部は施設配置を決定、秋頃より測量を開始、用地買収・官有地の移管(資料無く詳細不明)ののち、明治30(1897)年9月15日、夕べヶ岡麓において出雲大社教・男爵千家尊統管長を祭主として地鎮祭を斎行し臨時陸軍建築部廣島支部の指揮のもと建設を開始、明治31(1898)年7月、兵営ほか施設が竣工、7月24日、歩兵第二十一聯隊が広島から転営し、濱田陸軍練兵場の供用を開始します。

昭和20(1945)年8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』が煥発、16日、停戦に伴い、28日、『戰争終結ニ伴フ國有財産處理ニ關スル件』の閣議決定により濱田陸軍練兵場は内務省を通じ大蔵省に移管されます。

練兵場は連合軍による接収を逃れた様で一部が食料増産のための農場、戦災復興住宅が建設されます。

その後(時期不明)練兵場跡は随時浜田市に払い下げられ、昭和23(1948)年11月5日、市営野球場、昭和25(1950)年6月30日、市営陸上競技場、昭和40(1965)年9月12日、石見小学校、昭和52(1977)年5月25日、県立体育館が完成し現在に至ります。

歩兵第二十一聯隊 浜田現在(島根浜田)
▲歩兵第二十一聯隊関連施設の配置
① 歩兵第二十一聯隊 兵営
② 濱田陸軍病院
③ 濱田陸軍練兵場
④ 濱田陸軍射撃場
⑤ 濱田歩兵作業場
⑥ 濱田憲兵分隊
⑦ 濱田聯隊區司令部
⑧ 歩兵第二十一聯隊長 舎宅
⑨ 松原将校舎宅
⑩ 天滿 〃
⑪ 杉戸 〃
⑫ 清水 〃
※緑文字が当記事の紹介施設


遺構について
練兵場なので元々構築物は無く、戦後の造成により殆ど何も遺されていません。
濱田陸軍練兵場 浜田現在3(島根浜田)
▲遺構の位置

③ 濱田陸軍練兵場
ウ 境界石標
民有地との境に遺されています。
上部が欠損しているのか刻字等は見当たりませんが、赤色の塗装があり、現在も使用されている境界の様で、各地の同様の仕様から境界石標と思われます。

エ 陸用地
練兵場東側の断崖山山頂の広場にあります。
幅24×奥行14cmの自然石を加工した物です。


断崖山防空陣地
練兵場のウ境界石標のある頂部から尾根線に沿って北東に進んだ場所に砲座3基・指揮所1箇所を備えた防空陣地があります。
この陣地については『高射戦史』ほか資料、ネットにも記載がなく詳細は不明です。
大戦末期に各地に配置された建制の防空部隊では無く、部署による臨時防空隊(廣島師管區第二歩兵補充隊?)の物と思われます。
大きさから高射機関砲か機関銃の砲座と思われますが、詳細不明です。
濱田陸軍練兵場 断崖山機関砲陣地(島根浜田)
▲防空陣地の位置と遺構配置

濱田陸軍練兵場 断崖山機関砲陣地 寸法(島根浜田)
▲各遺構の寸法

A 砲座
西側の斜面に開口部があり、中央に砲床の高まりがあります。

B 砲座
Aと同型で東側の斜面に開口部があります。

C 砲座
殆ど埋まっていますが、寸法は上記A・Bと同じ様です。

D 指揮所
位置から指揮所と思われますが、弾庫かも知れません。
内部は2段になっています。

E 方形窪地窪地
用途不明の窪地で、こちらが指揮所かも知れません。

F 境界石標「陸用地」
先述のエです。


主要参考文献
『浜田市誌 上巻』 (昭和48年11月 浜田市総務部企画広報課)

『歴像』 (島根県立浜田高等学校歴史部)

『濱田』 (昭和25年 浜田市)

アジ歴各種史料
関連記事



最後までお読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
↓↓↓
宜しかったらクリックお願いします


人気ブログランキングへ

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ
検索フォーム
正定事件の真実
戦史検定を受けよう!
当ブログは
「戦史検定」を応援します
戦史検定
カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
御英霊の鎮まる処
殉国の御英霊に
感謝の誠を捧げましょう
靖國神社
兵庫縣神戸護國神社
大阪護国神社
プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

拙ブログを参照した際はリンクを張って頂けたら嬉しいです
(^o^)
--------------
※掲載写真・資料の
無断転載は禁止します。

リンク
最新コメント
埼玉西武ライオンズ
埼玉西武ライオンズ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる