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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

横須賀海軍警備隊 高茶屋高角砲台

津市高茶屋に所在した津海軍工廠の北側に横須賀海軍警備隊 高茶屋高角砲台がありました。
同砲台は後に名古屋港湾警備隊に移管されます。
高茶屋防空高角砲台 イDから内部 (2)(三重津)
▲砲座と思われる円形窪地

【探索日時】
平成31(2019)年1月18日





横須賀海軍警備隊 高茶屋高角砲台 概略
昭和16(1941)年11月12日、軍令海第二十三號『海軍警備隊令』により横須賀鎭守府麾下に横須賀海軍警備隊(水野準一少将)が編成され横須賀第一海兵團に本部を開庁、横須賀鎭守府陸上防備部隊に部署、既設の衛兵隊、警衛隊、応急隊、運輸隊、工作隊、補機隊、防空砲台9(内1は設営中)、特設見張所6ヶ所、特設監視艇5を横須賀海兵團より移管され横須賀軍港の陸上警備にあたります。

昭和19(1944)年4月1日、三重県津市に未完成ながら津海軍工廠(河野英雄機関大佐)が開庁し、生産設備の建設を進めつつ可変ピッチプロペラの造修、及び新製を開始します。

昭和19年3月、横須賀海軍経理部は海軍航空技術廠 三重出張所(建設中の津海軍工廠)の北1kmにある丘陵を買収、横須賀海軍施設部により?防空砲台を着工、5月、砲台敷地の造成、道路、建物が完成、8月、十二糎高角砲4門、測距儀が装備され高茶屋高角砲台(砲台長・川上昌之中尉)が凡そ完成、10月、高射器が装備されます。

昭和20(1945)年5月1日、横須賀海軍警備隊麾下に名古屋港湾警備隊が編成され、高茶屋、三重村、一ノ宮、豊川、大恩寺山高角砲台、津、四日市、鈴鹿、豊川、半田、永徳機銃砲台とともに同警備隊に移管されます。
昭和19年11月以降の記録が無く爾後の経緯は不明ですが、停戦時、十二糎高角砲4、十三粍機銃3、二式陸用高射機1、九四式四米半高角測距儀1、九七式二米高角測距儀1、九六式百五十糎探照灯1、同管制器1が装備されていました。

昭和20(1945)年8月16日、大東亜戦争停戦に伴い、28日、砲台は『戰争終結ニ伴フ國有財産處理ニ關スル件』の閣議決定により大蔵省に移管され、津市の都市計画に基づき昭和50(1975)年代に北側の探照灯一帯が、昭和60(1985)年代に南側の高角砲周辺が住宅地として払い下げられ造成、平成9(1997)年1月10日、高角砲座一帯が津市に払い下げられ「南が丘野鳥公園」として整備され現在に至ります。


遺構について
高茶屋高角砲台
先述した様に大半の遺構は造成により滅失、高角砲座一帯は辛うじて遺るも公園化の際にかなり破壊されています。
砲座らしい円形の掩体と窪地があるものの、形状が異なり謎です。
高茶屋防空高角砲台 高茶屋砲台(三重津)
▲遺構の配置

ア 砲座
荒れた竹やぶの中にあります。
地面の中央に砲床跡と思われるC円形窪地があります。
外周に土塁を巡らし掩体を形成しています。
高茶屋防空高角砲台 ア 砲座 Bから(三重津)
▲内部全景

高茶屋防空高角砲台 ア 砲座 Aから(三重津)
▲Aから掩体

高茶屋防空高角砲台 ア 砲座 Bから (2)(三重津)
▲B入口から見た砲座内部

高茶屋防空高角砲台 ア 砲座 C円形窪地(三重津)
▲C砲床?と思われる円形窪地


イ 砲座
地面を2m程掘り下げた大型の窪地で上記アと形状が違い、1砲台の砲座は全て同一規格である事が多いので砲座では無いかも知れません。
高茶屋防空高角砲台 イDから内部 (2)(三重津)

高茶屋防空高角砲台 イ 掩体内部 北東から(三重津)
▲上から見た全景
 右上に見える窪みが北西にあるDに続く窪地

高茶屋防空高角砲台 イDから内部(三重津)
▲Dから見たイ砲座

高茶屋防空高角砲台 イ 掩体内部 南から(三重津)
▲イ砲座内部から側壁

高茶屋防空高角砲台 イ 掩体からD通路(三重津)
▲イ砲座から見たD入口方向


ウ 円形掩体
丘陵間の谷にあり、用途不明です。
高茶屋防空高角砲台 ウ 円形掘り込み 内部から入口(三重津)
▲南東から
 倒木の位置が入口


エ 分散弾庫
入口に爆風避けのE土堤がある事から弾庫の様です。
高茶屋防空高角砲台 エ 掘り込み 入口から(三重津)
▲入口から内部

高茶屋防空高角砲台 エ 掘り込み内部 北から(三重津)
▲北側外からみた内部
 左上が入口

高茶屋防空高角砲台 エE土堤 エから(三重津)
▲E土堤


オ 分散弾庫
遊歩道の脇にあり、上記エと同一規格な事から弾庫の様です。
高茶屋防空高角砲台 オ 掩体 北東から(三重津)
▲遊歩道から

高茶屋防空高角砲台 オ 掩体 入口から(三重津)
▲入口から内部

高茶屋防空高角砲台 オ 掩体 北東から (2)(三重津)
▲入口から見たF土堤

高茶屋防空高角砲台 オ 掩体内部 南西から(三重津)
▲南西外から見た内部
 上が入口

G 土塁
高茶屋防空高角砲台 G 土堤 南西から(三重津)


カ 円形窪地
丘陵頂部にあり機銃座にしては小さく、測距儀の掩体と思われます。
高茶屋防空高角砲台 カ 円形窪地 南西から(三重津)


キ 円形窪地
丘陵頂部にあり機銃座にしては小さく、測距儀の掩体と思われます。
高茶屋防空高角砲台 キ 円形窪地 北から(三重津)

高茶屋防空高角砲台 キ 円形窪地内部からH通路(三重津)
▲キから抜ける通路H


ク 掘り込み
防空砲台でたまに見かけますが用途不明
高茶屋防空高角砲台 ク 掘り込み(三重津)


ケ 弾庫
大きさや位置からそう思われますが、詳細不明です。
高茶屋防空高角砲台 ケ 掘り込み 東から(三重津)
▲内部は竹だらけで良く分からん写真に・・・

高茶屋防空高角砲台 ケI 上から(三重津)
▲上から

高茶屋防空高角砲台 ケ内に散らばるコンクリート片(三重津)
▲内部にはコンクリートの残骸が散らばるも関連ある物か不明


コ 方形掘り込み
建物跡かも知れません。
高茶屋防空高角砲台 コ 削平地の切削面(三重津)

サ 円形掘り込み
直径5m程の掘り込みですが、何だか分からん・・・。
高茶屋防空高角砲台 サ 円形掘り込み(三重津)


主要参考文献
『横須賀海軍警備隊 戦時日誌 昭和19年1、2、3、4、5、8、11月分』

『名古屋港湾警備隊 引渡目録』

-WEBサイト-
高射砲陣地と防空砲台
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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