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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

大阪海軍工作部 (佐野安船渠㈱)

西成区南津守に所在するサノヤス造船㈱大阪製造所に大東亜戦争中、大阪海軍工作部が置かれていました。
大阪海軍工作部(佐野安) 大阪海軍工作部(佐野安)001(大阪)
▲現在も使用中の乾船渠(奥の赤い煙突の船が入っている場所)

【探索日時】
平成30(2018)年7月16日





大阪海軍工作部 概要
工作部は『海軍工作部令』(昭和16年3月22日、勅令第二百四十一號)により各要港、旅順港に設置され、当該警備府に属し艦船、兵器及び有線通信装置の修理及び装備、特務艇及び雑役船の製造に関する事を管掌しました。

明治44(1911)年4月、佐野村(現、大阪府泉佐野市)出身の船大工・佐野川谷安太郎が南区木津川1丁目(現、浪速区)に佐野安造船所を創業、木造船の造船、主に修繕を開始します。

大正5(1916)年、木津川3丁目に移転、佐野安造船鐵工に改称、大正13(1924)年、西成郡津守村の千本松船渠㈱を買収、本社を同地に移転し佐野安船渠合資会社に改称します。

昭和12(1937)年7月7日、北支事変(9月2日、支那事変と改称)が発生、事変の長期化に伴い戦時体制を強化すべく、昭和14(1939)年11月28日、『造船事業法』、昭和15(1940)年2月1日、『海運統制令』が施行、鋼製造船が株式、及び有限会社に限定され許可制になったため、6月25日、佐野安船渠㈱を設立(9月1日、事業開始)します。

昭和19(1944)年1月17日、『軍需會社法』の施行に伴い、昭和20(1945)年4月、佐野安船渠㈱は軍需会社に指定され、佐野川谷社長は生産責任者に任命されます。

5月15日、『工場事業場使用収用令』に基づき供用令書(従業員の引き継ぎ)、使用令書(工場設備の移管)が公布され、佐野安船渠㈱は全事業を海軍省に譲渡、大阪警備府麾下の大阪海軍工作部(藤井芳郎少将、6月1日から桝方楢三郎技少将)が開設され、大阪警備府麾下艦船の造修にあたるなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。

23日、大阪海軍工作部は閉鎖、供用並びに解除式を挙行、佐野安船渠㈱に返還され、希望退職者約60名を送り出したのち残留者100名で日用品の生産を開始します。

昭和21(1946)年9月、GHQにより佐野安船渠㈱は賠償工場に指定(我が国の年間15万総屯建造に必要な施設以外の造船設備を賠償物件に指定)されます。
11月、関西汽船㈱より戦後初の客船「はやぶさ丸」を受注(昭和22年10月、竣工)、昭和22(1947)年9月、「第一次計画造船」に参加し、貨物船「永和丸」を建造、以降第三・七・八次計画造船に参加、昭和27(1952)年4月28日、サンフランシスコ講和の発効に伴い賠償指定が解除され、中堅造船企業として躍進、現在はサノヤスホールディングスの子会社・サノヤス造船㈱となっています。
大阪海軍工作部(佐野安) 大阪海軍工作部(佐野安)003(大阪)
▲現在のサノヤス造船㈱


遺構について
大阪海軍工作部
佐野安船渠㈱から移管された際、乾船渠1、船台2基、浮船渠1、事務所、機械工場、木工場、鋳物工場、鍛造工場、青年学校がありましたが、戦後の改装により当時の設備は乾船渠が遺るのみです。

乾船渠
工場が当たり前ですが海側を向いているため、殆ど見通せません・・・。
奥の赤い煙突の船は入っている場所が乾船渠になります。
大阪海軍工作部(佐野安) 大阪海軍工作部(佐野安)002(大阪)


主要参考文献
『 サノヤス・ヒシノ明昌100年史』(平成23年10月 サノヤス・ヒシノ明昌)
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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