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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

鈴鹿海軍工廠 官舎

鈴鹿市に所在した鈴鹿海軍工廠の北側に軍人、軍属用の官舎がありました。
鈴鹿海軍工廠 官舎 1 乙二 (3)(三重鈴鹿)
▲空家になっている高等官用の乙二號官舎

【探索日時】
平成25(2013)年10月8日、平成31(2019)年1月19日





鈴鹿海軍工廠 官舎 概略
昭和13(1938)年10月、先行着手された航空戦備の大幅増強(生産数の2倍強強化)を盛り込んだ「第四次海軍軍備充實計畫」(「マル四計畫」)に対応すべく航空機銃新製工廠として豐川海軍工廠に続き、多賀城海軍工廠とともに計画され、昭和18(1943)年6月1日、鈴鹿海軍工廠が開庁します。

工廠に勤務する軍人、軍属用の官舎83棟は工廠北側に、工員用の住宅300棟、応徴士・女子挺身隊の寄宿舎も工廠外周に設けられ、それぞれ通用門から廠内に勤務できるよう利便性が図られます。

昭和20(1945)年8月16日、大東亜戦争の停戦に伴い、28日、工廠、官舎、住宅、宿舎は大蔵省に移管され、10月20日、工廠が米軍に接収された際も住宅類は不要とされ接収から除外されます。
11月5日、鈴鹿海軍工廠は閉庁、物件管理は三重県に移管され、大蔵省名古屋財務局三重地方部に引き継がれた後、昭和22(1947)年9月21日、住宅950戸が同地方部より鈴鹿市に管理委託されます。

住宅類は残留者、開拓者、工廠跡地に進出した企業従業員用として貸与された後、払い下げられた様で現在は一般住宅になっています。

鈴鹿海軍工廠 鈴鹿海軍工廠 施設のみ(三重鈴鹿)
▲現在の地図に鈴鹿海軍工廠の範囲を転写
①鈴鹿海軍工廠 ②工員養成所 ③鈴鹿海軍共済病院 ④山の手発射場 ⑤疎開倉庫 ⑥丸岡倉庫 ⑦鈴鹿海軍工廠 物資部 ⑧官舎 ⑨岡田第一寄宿舎 ⑩岡田第二寄宿舎 ⑪汲川原寄宿舎 ⑫平野第一寄宿舎 ⑬平野第二寄宿舎 ⑭國府工員住宅 ⑮國府第一寄宿舎 ⑯國府第二寄宿舎 ⑰住吉第一寄宿舎 ⑱住吉第二寄宿舎 ⑲住吉工員住宅 ⑳道迫第一・第二寄宿舎 ㉑道迫第三寄宿舎 ㉒道迫工員住宅 ㉓野田第一寄宿舎 ㉔野田第二寄宿舎 ㉕野田第三寄宿舎 ㉖野田第四寄宿舎 ㉗地子町工員住宅 ㉘大池工員住宅 ㉙平田工員住宅
※緑文字が紹介施設


遺構について
⑧ 鈴鹿海軍工廠 官舎
官舎は高等官用の甲號(工廠長用戸建・774㎡)1、乙一號(戸建・492㎡)6、乙二號(戸建・385㎡)11、丙號(2戸連棟・466㎡)16、判任官用の丁號(戸建・223㎡)13、同丁號(2戸連棟・370㎡)36棟の合計83棟がありました。

現在、乙二號(戸建・385㎡)3、丙號(466㎡)2戸連棟の片側のみ1、丁號(370㎡)2戸連棟の片側3棟が遺ります。
鈴鹿海軍工廠 官舎 鈴鹿海軍工廠 官舎(三重鈴鹿)
▲官舎地区の現存建物

1 乙二號
元々1世帯住宅でしたが2世帯に改装され、さらに状態の良い(この場合は当時の状態のまま)片方は空家になっています。
鈴鹿海軍工廠 官舎 1 乙二 (3)(三重鈴鹿)
▲表側(空家側)

鈴鹿海軍工廠 官舎 1 乙二 (4)(三重鈴鹿)
▲表側(在宅側)

鈴鹿海軍工廠 官舎 1 乙二(三重鈴鹿)
▲裏側


2 乙二號
増築され外壁も改修されていますが、柵の付いた縁側が遺ります。
鈴鹿海軍工廠 官舎 2 乙二(三重鈴鹿)
▲全景

鈴鹿海軍工廠 官舎 2 乙二 (2)(三重鈴鹿)
▲縁側


3 乙二號
初回探索時に撮影したのですが直後にHDDが破損し消失、撮り直しに行ったところ破壊されていました。
写真は『BESANの歴史探訪』管理人・BESAN様にお借りしました。
鈴鹿海軍工廠 官舎 3 乙二(三重鈴鹿)
▲正面側
 状態が良かったのに残念です

鈴鹿海軍工廠 官舎 3 乙二 (2)(三重鈴鹿)
▲裏に遺っていた離れ


4 乙二號
全体的に改築され何となく形状が遺るのみです。
鈴鹿海軍工廠 官舎 4 乙二(三重鈴鹿)


7 丙號
2戸連棟の右側のみが遺ります。
鈴鹿海軍工廠 官舎 5 丁(三重鈴鹿)


5 丁號
2戸連棟の右側のみが遺ります。
鈴鹿海軍工廠 官舎 6 丁(三重鈴鹿)


6 丁號
2戸連棟の右側のみが遺りますが、全体的に改築され何となく形状が遺るのみです。
鈴鹿海軍工廠 官舎 7 丙(三重鈴鹿)


8 丁號
2戸連棟の左側のみが遺ります。
鈴鹿海軍工廠 官舎 8 丁 (2)(三重鈴鹿)
▲表側

鈴鹿海軍工廠 官舎 8 丁(三重鈴鹿)
▲裏側


主要参考文献
『鈴鹿海軍工廠 引渡目録(住宅関係)』

『鈴鹿市のあゆみ 軍都から平和都市へ 市制60周年記念』(平成14年7月 鈴鹿市)
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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