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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

「秋水」とマル呂 吸収塔

名古屋空港に隣接した名古屋航空宇宙システム製作所史料室に対B29爆撃機専用の局地戦闘機として開発された試製「秋水」の復元機、京都市東山区竹村町に燃料精製装置の一部、マル呂 吸収塔が遺ります。
秋水 マル呂吸収塔 (3)(京都)
▲秋水の燃料「呂號乙藥」のうち濃縮過酸化水素(甲液)精製に使用予定だったマル呂 吸収塔

【訪問日時】
・名古屋 平成27(2015)年12月3日
・京都 平成30(2018)年4月20日
・呉 平成19(2007)年11月26日
・筑波 平成27(2015)年3月28日





「秋水」の開発
昭和19(1944)年7月19日、米B29爆撃機の第一線配備が迫るなか、伊號第二十九潜水艦(第四次遣独艦)によりドイツに渡った巌谷英一海軍技術中佐によりロケット戦闘機Me163Bの資料が到着します。
しかし、資料はMe163Bの外観3面図、燃料の成分表と取扱説明書、燃料噴射弁の試験情報、中佐直筆の調書しか無いため、8月7日、海軍航空技術廠において陸海軍航空本部、三菱重工業㈱合同の検討会が開かれ、検討の結果、同機は陸海軍共用機とし海軍航空本部が機体、陸軍航空本部が原動機を指導、三菱重工業㈱名古屋航空機製作所が機体試作を担当する事が決定、空技廠において風洞実験が行われ名航に発注されます。

16日、名航は高橋己治郎技師を主務者、疋田徹郎、貞森俊一、黒岩信、楢原敏彦技師を補佐とし、海航本・巌谷中佐、空技廠・越野中佐、中口大尉、横空・小野大尉、隈元大尉が参加し設計を開始、9月8日、木型審査、26日、一般計画審査、12月1日、第一次実物構造審査が行われますが、7日、東南海地震の発災により試作機が損傷、さらに18日、B29の爆撃により滑空機一号(試験用の機体)は機体審査が不十分なまま、空技廠に輸送され、昭和20(1945)年1月2日、完成審査を終了します。

昭和19(1944)年12月26日、秋水の開発と並行して空技廠において制作(外観は同一で軽量)された軽滑空機「秋草」の滑空試験が犬塚豊彦大尉(三一二空)により行われ成功、同日、開発中の局地戦闘機は試製「秋水」と命名されます。

昭和20(1945)年1月8日、「秋水」滑空機一号(犬塚大尉搭乗)が艦攻「天山」に曳航され離陸、滑空試験に成功します。

4月10日、大本營は『本土航空基地使用ニ關スル陸海軍中央協定』により、陸軍の柏、藤ケ谷、成増、小牧、知多、佐野、大阪、蘆屋、福岡第一各飛行場(知多は三菱重工業㈱、福岡は逓信省所有)、海軍の谷田部、厚木、岡崎、大村、串良各海軍航空基地を秋水基地として整備を示達します。

一方、燃料は昭和19(1944)年7月24日、海軍省軍需局内に特藥部が新設され、研究の結果、ロケット戦闘機の液体推進剤「呂號乙藥」のうち濃縮過酸化水素(甲液)を第二海軍燃料廠、及び第一海軍燃料廠(㈱江戸川工業所で製造された稀薄過酸化水素を濃縮)、ヒドラジン(乙液)を朝鮮窒素肥料㈱での製造が決定します(稀薄過酸化水素製造はのち12社指定)。
※本来過酸化水素(魚雷用)は兵器に分類され海軍艦政本部の所管ですが、航空燃料である事、技術者の関係で軍需局が担当

29日、特藥部は伊那製陶㈱(現、LIXIL)、日本碍子㈱、東洋陶器㈱(現、TOTO㈱)など9社に呂號乙藥製造用のマル呂(◯に呂、ロケットの秘匿名称)吸収塔、貯蔵槽、真空瓶、配管、電気分解用隔膜などを発注しますが、熟練工の出征などで納期の遅れが予測された事から、さらに日本陶業連盟を通じ大型陶器の製造が可能な陶器会社数社に発注されます。
※当時のステンレス製品は不純物が多く、品質にばらつきがあり、過酸化水素精製過程で錆が発生したため、陶器への置き換えが計画されます。

また原動機(海軍名:KR一〇、陸軍名:特呂二号原動機)は三菱重工業㈱名古屋発動機製作所で製造が進められますが、機体と同じく地震、空襲により疎開(研究は空技廠内、製造は疎開工場)、6月下旬、海軍の空技廠山北実験場製の一号機、陸軍の名航第一製作所(松本)製の一号機が第一海軍技術廠(2月25日、空技廠から改称)に送られ、それぞれ試製「秋水」一号機(海軍用)、試製「秋水」二号機(陸軍用)に搭載されます。

昭和20(1945)年7月7日1655、第一横須賀海軍航空基地において犬塚大尉により試製「秋水」一号機の試験飛行が行われるも、発動機停止により失速、不時着大破により犬塚大尉は重傷を負い8日、殉職してしまいます。
調査の結果、上昇の際の急角度と加速度により甲液タンク内液面が後方に寄り、供給管の取り付け位置の関係で甲液の供給が止まり原動機が停止したと判明します。

海軍は試製「秋水」三号機の試験を8月2日に予定しますが原動機の事故により延期、10日、陸軍は柏陸軍飛行場において荒蒔義次少佐により重滑空機(発動機と武装が外された状態)の滑空試験を行いますが失敗、15日、名航において重心を前方にずらし燃料搭載量を増加させ滞空時間延長を図った改良型(J8M2)の計画審査を行いますが、同日1200、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。

試製「秋水」は昭和20年3月までに155機、9月までに1,300機、昭和21年3月までに3,600機生産を予定、最終的に昭和20年9月までに500機に修正されますが、機体5機、原動機2機生産で停戦を迎えます。


遺物について
試製「秋水」(復元機)
昭和36(1961)年6月、秋水の生産を行っていた日本飛行機㈱杉田工場改修工事中に土中から胴体中央部の残骸が出土、昭和38(1963)年2月、航空自衛隊・岐阜基地に寄贈され展示された後、平成9(1997)年11月、三菱重工業㈱名古屋航空宇宙システム製作所に譲渡され、平成11(1999)年10月、1,600枚の図面を元に現物部品の寄贈(1名は知り合いです!)、14社の協力を得て復元開始、平成13(2001)年12月、竣工します。
秋水(愛知名古屋)
▲正面

秋水 (2)(愛知名古屋)
▲左側

名古屋旅行2日目 秋水 (3)(271203)
▲右側

秋水 (6)(愛知名古屋)
▲左後方

秋水 (5)(愛知名古屋)
▲右後方


名古屋旅行2日目 秋水 (4)(271203)
▲復元に使用されなかった部材


マル呂 吸収塔
京都市東山区竹村町の市有地(元藤平陶芸工場)に遺ります。
資料の初動時期から大手陶器会社の納入遅れが予測された際に追加で、日本陶業連盟を通じ追加で注文された物の様です。
京都では他に泰山製陶所、土淵製陶所、小松製陶所に発注されました。

昭和19(1944)年10月30日、藤平窯業(現、藤平陶芸)は呂号焼成窯の築造を開始、昭和20(1945)年2月末、マル呂吸収塔一号基の焼成を開始、完成品は第二海軍燃料廠に納入(時期不明)、続いて二号基の焼成中に8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』の煥発を受け、16日、停戦を迎えます。
納入先を失った二号基はそのまま残され金魚鉢等に転用、近年、工場、敷地ごと京都市立開睛小中学校の拡張用地として京都市に売却されますが、拡張用地は別に買収できたため、工場空地が学校駐車場として使用されており、マル呂吸収塔の先行きは不明です。
マル呂吸収塔の完成品は全長5m、直径60cmありますが、現在頂部と胴体1個(2個?)しか遺されていません。
秋水 マル呂吸収塔(京都)
▲正面から

秋水 マル呂吸収塔 (2)(京都)
▲上から

秋水 マル呂吸収塔 (4)(京都)
▲内部

秋水 マル呂吸収塔の中間部?(京都)
▲工場内にある筒
 吸収塔の胴体?


マル呂 真空瓶
燃料保管瓶で各地に遺ります。
海軍用と陸軍用があります。
名古屋旅行2日目 秋水 (2)(271203)
▲マル呂 真空瓶と与圧面(名古屋航空宇宙システム製作所史料室)

秋水 真空瓶(茨城筑波)
▲筑波海軍航空隊記念館に展示の物

この他、常滑市に貯蔵槽、電気分解用隔膜等が遺っている様です。


原動機(海軍名:KR一〇、陸軍名:特呂二号原動機)
復元された物が名古屋航空宇宙システム製作所史料室に、ノズル部分のみが呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)に展示されています。
秋水 (3)(愛知名古屋)
▲復元された原動機

秋水 秋水 ロケットエンジンノズル(大和ミュージアム)
▲呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)展示の物


主要参考文献
『歴史群像シリーズ56 大戦末期航空決戦兵器』(平成18年11月 学習研究社)

『日本航空機辞典』(平成元年3月 モデルアート社)

『戦史叢書 陸軍航空の軍備と運用〈3〉』(昭和51年5月 防衛庁防衛研究所戦史室)

『海軍燃料史 上・下』(昭和47年10月 燃料懇話会 原書房)

『歴史群像 152』(平成28年12月 学習研究社)

『元藤平陶芸登り窯の歴史的価値等調査研究 報告書』(平成27年3月 京都市)
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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