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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

天見防空監視哨

南海電鉄高野線「天見駅」南東に聳える菊水台(376m)に天見防空監視哨がありました。
天見防空監視哨 ア 聴音壕(大阪河内長野)
▲山頂に遺る聴音壕

【探索日時】
平成29(2017)年12月26日





民間防空監視隊 概略
昭和3(1928)年7月3~7日、第四師團は大阪において我が国初の軍官民合同で防空演習を実施します。

昭和6(1931)年9月18日の柳条湖事件(満洲事変)以降、巷間で「非常時」が叫ばれるなか、昭和12(1937)年4月5日、『防空法』(法律第四十七号、10月1日、施行)が公布、民間主体の防空、すなわち民防空(灯火管制、消防、防毒、避難、救護及び監視、通信、警報)が明文化されます。
昭和13(1938)年7月9日、内務省は各自治体に『防空監視隊ノ服務ニ關スル件(防空監視隊服務規程準則)』(内務省発画第六十号)を通達、各都道府県は防空監視隊の服務を規程、事後、防空関連法案が整備され、各自治体は逐次民防空の体制整備を進めて行きます。

民防空において監視を担当する防空監視哨は陸軍の指導のもと各地の山頂、高層建物などに設置され警防団員が配員、各監視哨からの情報は各自治体中心都市の県庁及び警察署に設置された防空監視隊本部に送達されます。
大阪は大阪府警察部防空課が置かれた大阪府庁に大阪防空監視隊本部が開設されます。

昭和16(1941)年8月12日、中部軍司令部隷下に大阪防空隊司令部が臨時編成され、隷下の大阪防空隊高射砲第一、同第二聯隊が大阪各地に展開、敵機の情報収集は民間防空監視隊(東部軍、西部軍も同様、北部軍、朝鮮軍、臺灣軍は隷下に防空監視隊が編成)が担当します。

中部軍管下の各民間防空監視隊本部の敵情送達先は大阪防空隊司令部、11月8日、中部防空旅團司令部(第十一防空監視隊編成=軍自前の監視哨設置)、昭和17(1942)年8月15日、中部防空集團司令部、昭和18(1943)年5月18日、中部軍防空情報隊(電波警戒機導入)、昭和19(1944)年6月26日、中部軍航空情報隊、昭和20(1945)年4月10日、第三十五航空情報隊と変遷、8月16日、停戦まで任務を続行しました。


遺構について
天見防空監視哨
菊水台頂部の削平地に鉱滓煉瓦製の聴音壕、コンクリートの建物基礎などが遺ります。

設置時期は不明ですが『昭和十六年度知事事務引継書』の「昭和15年12月末日付けの所在一覧表」に記載がある事から、昭和12(1937)年4月5日以降、『防空法』施行により建設されたと思われ、大阪府が地権者3名から土地を借用、村民の勤労奉仕により建設された様です。
同監視哨は事務所(見張り櫓、通信室(大阪防空監視隊本部:大阪府庁に直通)、仮眠室)、聴音壕で構成され、監視員は在郷軍人の東徳一隊長以下6名で24時間交代勤務にあたりました。
天見防空監視哨 天見 全景(大阪河内長野)
▲行き方と配置
 ①が正規の登山道
 ②は地元の方に教えて頂き僕が登った道ですが途中で道が無くなりました(^_^;)
 A・・・防空監視哨
 B・・・不明施設跡

天見防空監視哨 ①入口(右)(大阪河内長野)
▲①登り口 右に入る

天見防空監視哨 ①はこの程度の荒れた道(大阪河内長野)
▲①登山道はこの程度

天見防空監視哨 ①所々に案内がある(大阪河内長野)
▲①登山道沿いの木にこの様な表示があります

A 天見防空監視哨
監視哨の中心部で前記の証言通りの遺構跡が遺ります。
天見防空監視哨 天見 詳細A(大阪河内長野)
▲見取図

天見防空監視哨 A全景 南から(大阪河内長野)
▲監視哨中心部

ア 聴音壕
内部に座り敵機の爆音から方向、高度、機数を確認する施設です。
当時は上に屋根がありました。
内径3.7(外径3.8)×深さ1.9m、底に椅子が4基、出入り様の梯子があります。
天見防空監視哨 ア 聴音壕 (2)(大阪河内長野)
▲聴音壕全景

天見防空監視哨 ア 聴音壕 掃除前(大阪河内長野)
▲掃除前

天見防空監視哨 ア 躯体の鉱滓レンガ(大阪河内長野)
▲躯体の鉱滓煉瓦

天見防空監視哨 ア 内部(大阪河内長野)
▲内部

天見防空監視哨 ア 内部から(大阪河内長野)
▲座るとこの様な感じ

天見防空監視哨 ア 内部はしご(大阪河内長野)
▲梯子


イ 基礎
153✕153cmあり、証言にある見張り櫓の基礎と思われます。
固定ボルト3本が遺ります。
天見防空監視哨 イ コンクリート基礎(153×153)(大阪河内長野)
▲全景

天見防空監視哨 イ ボルト②(大阪河内長野)
▲ボルト


ウ 基礎
同じく見張り櫓の基礎と思われますが、斜面崩壊で崩れてしまっています。
天見防空監視哨 ウ 基礎残骸(大阪河内長野)
▲残骸


エ 柱穴
電話線の電柱孔の様です。
天見防空監視哨 エ(手前)とア (奥)(大阪河内長野)
▲電柱孔と聴音壕


オ コンクリート基礎
斜面に転がっていますが何の基礎か不明です。
天見防空監視哨 オ コンクリート基礎残骸(大阪河内長野)


カ 掘り込み
斜面に掘り込まれていますが用途不明です。
防空壕でしょうか?
天見防空監視哨 カ 上から(大阪河内長野)
▲斜面上から


キ 削平地
事務所跡でしょうか?
天見防空監視哨 キ 削平地 北から(大阪河内長野)


ク 掘り込み
用途不明です。
天見防空監視哨 ク 南から(大阪河内長野)
▲東側から


B 不明施設
②から登ったおかげで発見できました。
人為的に造った物ですが、用途不明です。
天見防空監視哨 天見 詳細B(大阪河内長野)
▲B見取図

サ 掘り込み
半円の小さな掘り込みです。
天見防空監視哨 サ 掘り込み(大阪河内長野)


シ 円形掩体
天見防空監視哨 シ 掘り込み (1)(大阪河内長野)


ス 溝
シの掩体内の奥に造られています。
天見防空監視哨 シ-ス 掘り込み(大阪河内長野)


主要参考文献
『防空監視哨調査』(平成23年11月 清水啓介)

『河内長野郷土史研究51』
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住の探索者。

明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達の足跡に触れ感じるため各地(西日本が多いです)を探索しています。
軍跡(軍事関連遺構)は当時を知る生きた教科書です。

精強帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、及び祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介しています。

戦後極端に盛られ歪められた歴史を公平に記述し、英霊の名誉回復、真の姿を知る一助になる事を目指し記述しています。


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