FC2ブログ

当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

首里城南側 監視哨兼観測所

首里城の所在する首里高地南側に監視哨兼観測所が遺ります。
首里城の監視哨兼観測所 西から (2)(沖縄)
▲首里城南側に遺る監視哨兼観測所

【探索日時】
平成19(2007)年11月15日、令和元(2019)年11月21日





遺構について
首里城南側 監視哨兼観測所
巷間では“トーチカ”と言われていますが、位置的に第三十二軍が想定していた那覇方面からの敵上陸、侵攻(第一、第二案)に際し首里高地を反射面陣地とした防戦の際に後方の軍砲兵隊と連絡する監視哨兼観測所と思われます。
史実では敵は北側から侵攻、軍司令部は首里を徹し南部に転進しているため、この位置では敵が見えず実戦では使用されなかったと思われます。
首里城の監視哨兼観測所 西から(沖縄)
▲正面側 全景
 正面側は道路建設に際し削られています

首里城の監視哨兼観測所 東側開口部(沖縄)
▲覘視孔
 金網で塞がれており形状は不明です

首里城の監視哨兼観測所 南から(沖縄)
▲側面 全景

首里城の監視哨兼観測所 南側開口部(沖縄)
▲裏側にある空気孔?

首里城の監視哨兼観測所 北から(沖縄)
▲後方から
 上面は開発の際にコンクリートが塗られ縞鋼板の蓋が付いています

元々は四角形だったと思われます。


ついでなので近くにある下記をご紹介します。
忠魂碑
首里城歓会門の右側土手上にあります。
敵の砲撃で破損しており何だか分からない状態になっています。
首里城 歓会門横の被弾痕のある忠魂碑 近影(沖縄)
▲正面側

首里城 歓会門横の被弾痕のある忠魂碑 近影2(沖縄)
▲背面
関連記事



最後までお読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
↓↓↓
宜しかったらクリックお願いします


人気ブログランキングへ

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ
検索フォーム
正定事件の真実
戦史検定を受けよう!
当ブログは
「戦史検定」を応援します
戦史検定
カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
御英霊の鎮まる処
殉国の御英霊に
感謝の誠を捧げましょう
靖國神社
兵庫縣神戸護國神社
大阪護国神社
プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住の探索者。

明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達の足跡に触れ感じるため各地(西日本が多いです)を探索しています。
軍跡(軍事関連遺構)は当時を知る生きた教科書です。

精強帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、及び祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介しています。

戦後極端に盛られ歪められた歴史を公平に記述し、英霊の名誉回復、真の姿を知る一助になる事を目指し記述しています。


探索、記載内容など拙ブログを参照した際は参照明記のうえリンクを張って頂けたら幸甚です。
--------------
※掲載写真・資料・文章の
無断転載は禁止します。

Twitter @yuukyuunotaigi
リンク
最新コメント
埼玉西武ライオンズ
埼玉西武ライオンズ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる