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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

名古屋城内陸軍射的場

名古屋城三之丸東端に名古屋城内陸軍射的場がありました。
射的場は後に第三師團 馬糧庫に転用されます。
名古屋城内陸軍射的場 ツ 射だ 南西から(愛知名古屋)
▲公務員住宅裏に遺る射垜

【探索日時】
平成26(2014)年12月26日





名古屋城内陸軍射的場について
明治6(1873)年1月9日、名古屋城に名古屋鎭臺本営が開設(明治21年5月14日、第三師團に改編)、天守に第六番大隊(明治6年2月、第六大隊、明治7年3月20日、歩兵第六聯隊に改編)が設置され、14日、名古屋城全域が軍用地に指定されます。

明治7(1874)年10月28日、三之丸の旧藩士所有地のうち練兵場用地を買収、隣接して射的場が“仮”開設されます。
同射的場は弾道上に民家や田畑が近接し危険な事から、陸軍省は正式な射的場の設定を急ぎ、明治10(1877)年9月24日、小幡村の適地を測量、12月15日、民有地を買収するとともに、官有地を移管し、工兵第三方面により造成、小幡原陸軍射的場が竣工します。

しかし、小幡原は兵営より2里(8km)あり演習に行くのに1日がかりのため、明治12(1879)年春、鎭臺諸隊の将校が協議し城内陸軍射的場の射垜増築を決定、3月15日、工事を開始、将兵述べ11,902名により、7月7日、竣工し300m以内の近距離射撃演習に使用されます。

その後の使用状況は不明ですが、明治17(1884)年、将校用の休憩所建設を最後に史料から消える事から、この頃廃止され跡地は馬糧庫に転用された様です。

昭和17(1972)年4月18日、米B25爆撃機1機が来襲(ドーリットル空襲)、馬糧庫が被弾し火災が発生します。


遺構について
⑰ 名古屋城内陸軍射的場
大東亜戦争停戦まで約50年存続した第三師團経理部馬糧庫の遺構は皆無ですが、建軍より10年ほどしか存在しなかった射的場の遺構が僅かに遺ります。
ツ 射垜
戦後、造成されること無く小山として遺ります。
名古屋城内陸軍射的場 ツ 射だ 西から(愛知名古屋)
▲側面から見た全景

名古屋城内陸軍射的場 ツ 射だ 南西から(愛知名古屋)
▲南西から

コ 増築射垜之碑
東大手門跡の土塁上にあります。
明治12(1879)年9月、射垜増築を記念し建立されました。
表面には歩兵第六聯隊第4代聯隊長・佐久間左馬太大佐による射垜増築の経緯が刻字されています。
名古屋城内陸軍射的場 コ 増築射だ之碑 (2)(愛知名古屋)

サ 加藤忠四郎翁之碑
射的場、馬糧庫ともに直接関係無い碑ですが、近くに建てられているので紹介します。
城東山田に住し実直、無私の精神で師團に貢献、名古屋の軍人で知らない人はいないと言われた加藤忠四郎氏を顕頌すべく、昭和6(1931)年4月建立されました。
名古屋城内陸軍射的場 サ 加藤忠四郎翁之碑(裏) (2)(愛知名古屋)
▲正面の揮毫は歩兵第六聯隊第20代聯隊長・宇垣一成大将
 探索当時は雑木に埋もれていましたが、現在は伐採され良く見える様になっている様です

名古屋城内陸軍射的場 サ 加藤忠四郎翁之碑(裏)(愛知名古屋)
▲翁を讃える文章が刻字されています。


主要参考文献
「名古屋鎭臺射的場用小幡野原地所買収之件伺」ほかアジ歴各資料

『学芸員と歩く愛知・名古屋の戦争遺跡』(平成28年4月 伊藤厚史 名古屋市教育委員会)
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住の探索者。

明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達の足跡に触れ感じるため各地(西日本が多いです)を探索しています。
軍跡(軍事関連遺構)は当時を知る生きた教科書です。

精強帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、及び祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介しています。

戦後極端に盛られ歪められた歴史を公平に記述し、英霊の名誉回復、真の姿を知る一助になる事を目指し記述しています。


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