FC2ブログ

当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

小幡原陸軍射撃場

名古屋市守山区の中央に位置する小幡地区一帯に小幡原陸軍射撃場がありました。
小幡原陸軍射撃場 イ 陸軍省所轄地(愛知名古屋)
▲山林に遺る境界石標

【探索日時】
令和2(2020)年12月17日





小幡原陸軍射撃場について
明治6(1873)年1月9日、名古屋城に名古屋鎭臺本営が開設(明治21年5月14日、第三師團に改編)、天守に第六番大隊(明治6年2月、第六大隊、明治7年3月20日、歩兵第六聯隊に改編)が設置され、14日、名古屋城全域が軍用地に指定されます。

明治7(1874)年10月28日、三之丸に射的場が“仮”開設されます。
同射的場は弾道上に民家や田畑が近接し危険な事から、陸軍省は正式な射的場の設定を急ぎ、明治10(1877)年9月24日、民家から隔絶し、自然の丘が流弾を防ぎ且つ生活道路を寸断しない位置にある春日井郡小幡村の官有林7町2畝2歩、民有田地3町9反2畝4歩、荒田地1反8畝8歩、溜池4反8畝29歩、山林3町5反7畝6歩(地権者26名)、合計178,153坪を選定、12月15日、民有地を1,231円87銭で買収するとともに、官有地を移管し工兵第三方面により造成、小幡原陸軍射的場(のち小幡原陸軍射撃場)を開設します。
明治13(1880)年3月、踏垜を増設(日露戦役後撤去)、明治26(1893)年3月16日、隣接地を買収拡張するなど随時隣接民有地を買収、また官有地、御料林を移管し拡張します。

昭和20(1945)年8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』の煥発を受け、16日、停戦、28日、『戰争終結ニ伴フ國有財産處理ニ關スル件』の閣議決定により小幡原陸軍射撃場は陸軍省から内務省を通じ大蔵省に移管されますが、31日、連合軍は全陸海軍用地の接収を示達して来ます。

小幡陸軍射撃場は連合軍に使用される事無く大蔵省に返還、11月9日、『緊急開拓事業実施要領』の閣議決定、昭和21(1946)年10月21日、『自作農特別措置法』(法律第四十三号)成立など一連の戦後開拓法により海外引揚者、復員軍人、戦災者より入植希望者を募集し払下げられ開墾、その後農地は次第に住宅に変遷、住民の増加に伴い学校が開校し現在に至ります。
小幡原陸軍射撃場は史料により小幡原遠距離射撃場小幡原野営演習場などの表記が見られます。


遺構について
小幡原陸軍射撃場
現在、ほぼ全域が住宅地に変遷、射撃場の遺構は何も遺されていませんが、外周に僅かに境界石標が遺ります。
小幡原陸軍射撃場 小幡原<a href=小幡原陸軍射撃場 小幡原 現在(愛知名古屋)
 現在(愛知名古屋)" border="0" width="340" height="350" />
▲遺構の配置

ア 陸軍省所轄地
喫茶店の脇に移設されており、比較的有名な遺構です。
郷土史家の加藤様によると元々は小幡小学校辺りにあった物と言われているそうです。
小幡原陸軍射撃場 ア 陸軍省所轄地(移設:小学校付近にあった?)(愛知名古屋)


イ 陸軍省所轄地
林の中に遺ります。
刻字の墨入れがはっきり遺り非常に貴重です。
小幡原陸軍射撃場 イ 陸軍省所轄地 (2)(愛知名古屋)


ウ 陸軍省所轄地
公園の際に遺ります。
小幡原陸軍射撃場 ウ 陸軍省所轄地(愛知名古屋)


エ 陸軍
埋まっていますが「陸軍」の下は「省所轄地」と思われます。
小幡原陸軍射撃場 エ 陸軍(省所轄地)(愛知名古屋)

上記の境界石標(イ~エ)については郷土史家の加藤様に御教示、御案内頂きました。


主要参考文献
「名古屋鎭臺射的場用小幡野原地所買収之件伺」ほかアジ歴各資料

『学芸員と歩く愛知・名古屋の戦争遺跡』(平成28年4月 伊藤厚史 名古屋市教育委員会)
関連記事



最後までお読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
↓↓↓
宜しかったらクリックお願いします


人気ブログランキングへ

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ
検索フォーム
正定事件の真実
戦史検定を受けよう!
当ブログは
「戦史検定」を応援します
戦史検定
カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ジャンルランキング
[ジャンルランキング]
地域情報
52位
ジャンルランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
3位
サブジャンルランキングを見る>>
月別アーカイブ
御英霊の鎮まる処
殉国の御英霊に
感謝の誠を捧げましょう
靖國神社
兵庫縣神戸護國神社
大阪護国神社
プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住の探索者。

明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達の足跡に触れ感じるため各地(西日本が多いです)を探索しています。
軍跡(軍事関連遺構)は当時を知る生きた教科書です。

精強帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、及び祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介しています。

戦後極端に盛られ歪められた歴史を公平に記述し、英霊の名誉回復、真の姿を知る一助になる事を目指し記述しています。


探索、記載内容など拙ブログを参照した際は参照明記のうえリンクを張って頂けたら幸甚です。
--------------
※掲載写真・資料・文章の
無断転載は禁止します。

Twitter @yuukyuunotaigi
リンク
最新コメント
埼玉西武ライオンズ
埼玉西武ライオンズ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる