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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

舞鶴陸軍射撃場

軍港都市として知られる舞鶴市に所在した舞鶴重砲兵聯隊に隣接して舞鶴陸軍射撃場がありました。
舞鶴陸軍射撃場 イ 陸軍省所轄地(京都舞鶴)
▲農道に遺る境界石標

【探索日時】
平成31(2019)年4月12日





舞鶴陸軍射撃場について
明治19(1886)年4月22日、我が国は軍備、特に海軍拡張を進める清国に備えるべく国内を5分し海軍区を決定、明治22(1889)年5月28日、舞鶴鎭守府設置を決定します。
舞鶴に軍港開設が決定した事で、明治24(1891)年9月、参謀本部は舞鶴湾の防御兵備(要塞)計画を立案、明治30(1897)年11月、大丹生村西方228.1高地閉鎖堡(後の葦谷砲台)を着工します。

明治29(1896)年3月14日、陸軍省は3個要塞砲兵聯隊、4個同大隊の増設を決定します。

明治30(1897)年7月31日、臨時陸軍建築部は餘内(あまうち)村の上安久(かみあぐ)、上安(うえやす)一帯の湿田地、官有地を要塞砲兵大隊兵営(3町9反4畝)、要塞司令部ほか(1町2反15歩)、衛戍病院(3反3畝)、射的場(1町2反5畝)、練兵場(4町3畝)用地として選定、明治31(1898)年4月、官有地を移管、内務省により坪1円20~30銭で買収、臨時陸軍建築部の指揮のもと地元土建業者が造成、及び営舎建設を開始します。

明治30(1897)年11月、餘内村字倉谷の東山寺において舞鶴要塞砲兵大隊 第一中隊が事務を開始、明治31(1898)年11月28日、おおよそ竣工した新兵営に転営し、舞鶴陸軍射撃場の供用を開始します。

昭和20(1945)年8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』の煥発を受け、16日、停戦、28日、『戰争終結ニ伴フ國有財産處理ニ關スル件』の閣議決定により射撃場は舞鶴要塞司令部、舞鶴重砲兵聯隊兵営、舞鶴要塞とともに大蔵省に移管されます。

11月9日、『緊急開拓事業実施要領』の閣議決定、昭和21(1946)年10月21日、『自作農特別措置法』など一連の戦後開墾法により舞鶴陸軍射撃場は農地として転換、元地権者などに払い下げられ現在に至ります。


遺構について
射撃場なので特に構築物は無く、境界石標が遺ります。
舞鶴陸軍射撃場 舞鶴重砲兵大隊2(京都舞鶴)
▲遺構の配置

舞鶴陸軍射撃場 ④射撃場全景(京都舞鶴)
▲舞鶴陸軍射撃場 現状
 奥突き当りが舞鶴重砲兵聯隊兵営

ア 陸軍省所轄地 第十七号
熊野神社参道前に抜いて置いてあります。
舞鶴陸軍射撃場 ア 陸軍省所轄地 第十七号(京都舞鶴)

イ 境界石標
射垜と思われる土手の裏手の農道沿い斜面にあります。
頂部が折れており、表面に刻字(第十号?)もある様なのですが、判読できませんでした。
舞鶴陸軍射撃場 イ 第十号?(京都舞鶴)

ウ 陸軍省所轄地
同じく斜面にあります。
傾いており、肝心の正面が見えにくいです。
舞鶴陸軍射撃場 イ 陸軍省所轄地 (2)(京都舞鶴)
▲この様な状態

舞鶴陸軍射撃場 イ 陸軍省所轄地(京都舞鶴)
▲正面側


主要参考文献
『舞鶴重砲兵聯隊史』(平成7年4月 舞鶴重砲兵聯隊史編纂委員会)

「舞鶴要塞砲兵営其他敷地決定ノ件」(アジア歴史資料センター)

「舞鶴要塞砲兵営其他敷地買収ノ件」( 〃 )
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住の探索者。

明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達の足跡に触れ感じるため各地(西日本が多いです)を探索しています。
軍跡(軍事関連遺構)は当時を知る生きた教科書です。

精強帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、及び祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介しています。

戦後極端に盛られ歪められた歴史を公平に記述し、英霊の名誉回復、真の姿を知る一助になる事を目指し記述しています。


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