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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

歩兵第三十六聯隊 【追加】

福井県鯖江市に歩兵第三十六聯隊が所在しました。

当地は過去に2回探索しましたが昨年、他にも遺構が遺っているとの情報を得て再々訪して来ました。
歩兵第三十六聯隊 d 衛兵所・営倉(移設)北東から(鯖江)
▲移設されている守衛・営倉





本記事はこちら
『歩兵第三十六聯隊』

歩兵第三十六聯隊
明治28(1895)年4月17日、日清間に講和条約が締結され、明治二十七八年戰役(日清戦争)が終結します。
講和条約により我が国は清国より遼東半島の領有を認められますが、5月14日、ロシア、フランス、ドイツの干渉(三国干渉)により領有を放棄せざるを得ませんでした。
当時、ヨーロッパ列強諸国による植民地獲得競争は極東にも及び、我が政府はこれらの外圧、特にロシアの侵攻に備え安全保障のため、明治29(1896)年1月、軍備増強を決定し、陸軍省は福井県下に1個旅団の設置を計画、3月14日、『陸軍平時編制』を改定(勅令第二十四號)し第七から第十二師團の編成、歩兵第三十六聯隊の福井県下設置を決定します。

陸軍省は鯖江台地の中央にあり地盤が堅固で洪水の心配が無く、飲料水に恵まれ、且つ交通の便が良く、旧鯖江城下町が近く宿舎・娯楽施設が備わった丹生郡立待村と今立郡神明村の境にある糺野ヶ原(現、鯖江市)を新設兵営用地として選定し、4月、両村に告知します。

該当用地の多くが山林・原野であった事、聯隊設置による地域活性化への期待に加え、ロシアの急速な南下政策に対する危機により用地取得は円滑かつ急速に完了、7月、買収承諾書、請求書が作成され、多くの地元民の奉仕作業も加わり兵営及び付帯施設の建設が開始、明治30(1897)年8月20日、歩兵第三十六聯隊が竣工間近の兵営に転営、11月25日、兵営の全設備が竣工します。
歩兵第三十六聯隊 兵営(鯖江)
▲歩兵第三十六聯隊 兵営

昭和15(1940)年10月5日、歩兵第三十六聯隊の滿洲移駐に伴い、歩兵第百三十六聯隊(再編)が編成されます。
昭和18(1943)年5月14日、歩兵第百三十六聯隊は坂本陸軍演習場(岐阜)に移駐、6月30日、迫撃第三聯隊が編成、2月28日、迫撃第三聯隊は復帰、迫撃第三聯隊補充隊が臨時編成され、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。

9月25日、米第1軍団第33歩兵師団が和歌山市二里ヶ浜に上陸、10月25日、第136歩兵連隊の一部(ケッセル大尉以下400名)が鯖江に進駐し、兵営以下陸軍施設を接収、12月28日、第103軍政中隊(ハイランド中佐)が敦賀に置かれ、福井県全域を占領します。

昭和21(1946)年、米歩兵連隊は撤収、兵営は内務省に返還され、大蔵省に移管、第一、第二號兵舎が海外引揚者住宅に、昭和22(1947)年1月、第四~第六號兵舎が福井師範学校男子部に、5月1日、第三號兵舎が福井師範学校付属中・今立郡神明中学校に転用、新制福井大学の誘致に失敗したため、住宅地として転用、現在に至ります。

今回、新たに確認できた遺構は以下の2棟です。
c 汽罐場
資料では「ポンプ場」となっていますが、三六公園にある見取図では「汽罐場」となっています。
現在は地区の倉庫として使用されています。
出入口が塞がれ窓や屋根も改修されています。
歩兵第三十六聯隊 c 汽罐場 南東から(鯖江)
▲全景

歩兵第三十六聯隊 c 汽罐場 東から(鯖江)
▲東から
 左側の窓の部分に入口があった様です

歩兵第三十六聯隊 c 汽罐場 南西から(鯖江)
▲南西から
 扉を塞いだ痕跡があります


d 衛兵所・営倉 (移設)
元々は営門脇にありましたが戦後、移設され、現在は倉庫として使用されています。
窓は全て波板で塞がれ、北側も車庫に改造されるなど余り状態は良くありません。
歩兵第三十六聯隊 d 衛兵所・営倉(移設)北東から(鯖江)
▲衛兵所側
 車庫に改造されており原型が不明です

歩兵第三十六聯隊 d 衛兵所・営倉(移設)南東から(鯖江)
▲営倉側

歩兵第三十六聯隊 d 衛兵所・営倉(移設)南西から(鯖江)
▲裏側
 窓が全て塞がれています

歩兵第三十六聯隊 d 衛兵所・営倉(移設)南側星章の瓦(鯖江)
▲屋根近影
 全て当時のまま!6個ある鬼瓦は全て星章を頂いています!

※所有者の許可を得て敷地に立ち入っています。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住の探索者。

明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達の足跡に触れ感じるため各地(西日本が多いです)を探索しています。
軍跡(軍事関連遺構)は当時を知る生きた教科書です。

精強帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、及び祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介しています。

戦後極端に盛られ歪められた歴史を公平に記述し、英霊の名誉回復、真の姿を知る一助になる事を目指し記述しています。


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