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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

大阪通信隊 潮岬分遣隊

本州最南端の観光地として知られる潮岬に大阪通信隊 潮岬分遣隊がありました。
ア 短波測定所 基礎 北東から 大阪通信隊 潮岬分遣隊(和歌山串本潮岬)
▲民家の庭先に遺る短波測定所 基礎

【探索日時】
平成27(2015)年2月2日





大阪通信隊 潮岬分遣隊について
昭和15(1940)年11月15日、極度に悪化した対米関係に鑑み、軍令部は年次出師準備計画に基づき出師準備作業の第一着作業を発令、『特設通信隊設置ノ件』に基づき各地に特設通信隊の開設が下令されます。

呉海軍経理部は西牟婁郡潮岬村権現のW氏所有の民有地を賃借、呉海軍建築部が兵舎、長波測定所、短波測定所、官舎を建設します。
※同分遣隊の用地は『引渡目録』では“海軍用地”となっていますが、調べて頂いた土地台帳では私有地のまま

昭和16(1941)年1月7日、内令第六号『特設通信隊及同分遣隊所在地、種別等』により呉鎭守府管下に大阪通信隊、その管下に守口分遣隊潮岬分遣隊の配属が定められ、潮岬分遣隊の種別は「丁」(方位測定施設を主とするもの)とされます。
なお、大阪通信隊は戦役、事変に際し臨時に開設される特設通信隊のため鎭守府管下の通信隊の様に“海軍”は冠しません。

8月15日、軍令部は出師準備作業の第二着作業を発令し「戦備促進」を加速させ、11月5日、海軍全作戦部隊に防備計画に基づく防備開始を発令、各鎭守府は保安警戒を強化、各部隊は兵力の展開、機雷敷設など所要の防備警戒態勢に移行、各艦船部隊は臨戦準備を急ぎます。

11月20日、大阪、大湊、馬公、鎭海、旅順各警備府が新編され、大阪通信隊及び守口、潮岬両分遣隊も新編され大阪警備府管下に編入されます。

昭和20(1945)年8月16日、大東亜戦争停戦に伴い、31日、我が政府に対し連合軍は全陸海軍用地の接収を示達して来ます。
9月25日、米第1軍団が和歌山市二里ヶ浜に上陸、第98歩兵師団第389歩兵連隊が和歌山県に進駐を開始、10月20日、同連隊第1大隊A中隊が串本海軍水上機基地に進駐し潮岬分遣隊も接収され兵器、軍需品の処理が行われた後、11月20日?、大蔵省に返還され和歌山県に管理移管されます。
その後の経緯は不明ですが、兵舎・官舎地区は運輸省(大阪航空局無線局)が、長波測定所は串本町(公民館)が、通信塔掩体は和歌山県(青少年の家)が買収、短波測定所は地権者に返却され現在に至ります。


遺構について
大阪通信隊 潮岬分遣隊
殆どの遺構は滅失していますが、下記の遺構が散在しています。

ア 短波測定所 基礎
民家の庭先に井桁状のコンクリート基礎が遺ります。
南側は雑草に埋もれており全く見えません。
ア 短波測定所 基礎 北東から 大阪通信隊 潮岬分遣隊(和歌山串本潮岬)
▲全景

ア 短波測定所 基礎 東側の鉄筋 大阪通信隊 潮岬分遣隊(和歌山串本潮岬)
▲北東部分 近影

ア 短波測定所 基礎 北西から 大阪通信隊 潮岬分遣隊(和歌山串本潮岬)
▲北西から

ア 短波測定所 基礎 西側 北から 大阪通信隊 潮岬分遣隊(和歌山串本潮岬)
▲南西部分

ア 短波測定所 基礎に遺る「皇紀二千六百年」 大阪通信隊 潮岬分遣隊(和歌山串本潮岬)
▲基礎に遺る「皇紀二千六百年」の刻字


イ 水槽
蓋がされており路地から見えます。
イ 短波測定所基礎西側の水槽? 大阪通信隊 潮岬分遣隊(和歌山串本潮岬)


ウ・エ 通信塔 展張線基礎
青少年の家の土手に埋まっています。
鉄筋泥棒に破壊され大破しているため原型は分かりません。
ウ・エ 支柱展張線基礎 全景(階段横:エ、椅子後:ウ) 大阪通信隊 潮岬分遣隊(和歌山串本潮岬)
▲全景
 それぞれベンチの後、階段の脇に埋まっています

ウ 支柱展張線基礎 大阪通信隊 潮岬分遣隊(和歌山串本潮岬)
▲ウ西側(ベンチの後)のもの

エ 支柱展張線基礎 大阪通信隊 潮岬分遣隊(和歌山串本潮岬)
▲エ東側(階段の脇)のもの

通信塔のあった場所 大阪通信隊 潮岬分遣隊(和歌山串本潮岬)
▲通信塔が建てられていた広場


オ 油庫
航空局の敷地内に遺り、『引渡目録』の図面ではこの位置に「油庫2m」と図示されていますが、この建物が遺構かどうか不明です。
キ 油庫?(関係無い?) 大阪通信隊 潮岬分遣隊(和歌山串本潮岬)
▲道路から

キ 油庫?(関係無い?) (2) 大阪通信隊 潮岬分遣隊(和歌山串本潮岬)
▲近影


カ 門柱
海軍時代もこの位置に門があった様ですが当時の物か不明です。
兵舎地区 カ門柱(関係無い?)西から 大阪通信隊 潮岬分遣隊(和歌山串本潮岬)

この他にも南東の谷に「横穴防空壕」が図示されており、行ってみましたが大荒れで見つかりませんでした。

大阪通信隊 潮岬分遣隊は串本町観光協会で串本町に遺る軍事遺構のツアーガイドをされている仲江様に御案内頂き、また貴重な資料をお送り頂きました。
この場を借り御礼申し上げます。
ありがとうございました。


主要参考文献
『戦史叢書 海軍軍戦備<1>』(昭和44年11月 朝雲新聞社)

『特設通信隊及同分遣隊所在地、種別等』(昭和16年1月7日 内令第六号)

『串本基地 引渡目録』
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住の探索者。

明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達の足跡に触れ感じるため各地(西日本が多いです)を探索しています。
軍跡(軍事関連遺構)は当時を知る生きた教科書です。

精強帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、及び祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介しています。

戦後極端に盛られ歪められた歴史を公平に記述し、英霊の名誉回復、真の姿を知る一助になる事を目指し記述しています。


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