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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

福知山陸軍演習廠舎 (旧工兵第十大隊) 【追加】

京都府福知山市に工兵第十大隊が所在しました。
大隊の岡山への転営後、兵営は長田野陸軍演習場福知山陸軍演習廠舎に転用されます。

当地は過去に探索しましたが昨年、他にも遺構が遺っているとの情報を得て再訪して来ました。
X 陸軍省所轄地 福知山陸軍演習廠舎 (旧工兵第十大隊)(京都福知山)
▲山中に遺る境界石標





本記事はこちら
『福知山陸軍演習廠舎 (旧工兵第十大隊)』


第四師團演習廠舎(旧工兵第十大隊)
明治28(1895)年4月17日、日清間に講和条約が締結され、明治二十七八年戰役(日清戦争)が終結します。
講和条約により我が国は清国より遼東半島の領有を認められますが、5月14日、ロシア、フランス、ドイツの干渉(三国干渉)により領有を放棄せざるを得ませんでした。
当時、ヨーロッパ列強諸国による植民地獲得競争は極東にも及び、特にロシアの軍備は脅威的な事から我が国は安全保障の観点から軍備増強を決定します。

明治29(1896)年3月14日、陸軍省は『陸軍平時編制』を改定(勅令第二十四號)し、第七から第十二師團の編成、第十師團の姫路設置、歩兵第二十聯隊、工兵第十大隊の天田郡曽我井村(現、福知山市)への兵営設置が決定、47町を献納、官有地移管、民有地買収により取得、8月19日、臨時陸軍建築部大阪支部福知山出張所が開設され、兵営の建築を着工、明治31(1898)年11月25日、工兵営が竣工します。

明治29(1896)年12月1日、京都府紀伊郡伏見町(現、京都市伏見区)の工兵第四大隊からを基幹要員を抽出し工兵第十大隊第一中隊を編成、明治30(1897)年6月19日、曽我井村に建設中の兵営に転営、10月、大隊本部が、12月1日、第二中隊が、明治31(1898)年12月1日、第三中隊が編成され大隊は編成完結します。

大正14(1925)年5月1日、第三次軍備整理(所謂、宇垣軍縮)により第十七師團(岡山)が復帰、工兵第十大隊は工兵第十七大隊(岡山)兵営跡に移駐したため、福知山の工兵営跡は近隣の長田野(おさだの)陸軍演習場の廠舎として、同演習場を管轄していた第四師團の管理下に置かれます。

昭和20(1945)年8月16日、大東亜戦争の停戦に伴い、8月28日、『戰争終結ニ伴フ國有財産處理ニ關スル件』の閣議決定(大正11年1月28日、勅令第十五號『國有財産法施行令』)により内務省を通じ大蔵省に移管、大阪財務局の管理下に置かれます。
その後、成美学苑(現、学校法人成美学園)に払い下げられ、福知山商業高等学校(現、福知山成美高等学校)が開校し現在に至ります。
福知山(現在)⑥ 工兵第十大隊福知山演習廠舎(京都福知山)
▲遺構の配置

以下の境界石標は兵営外周を示す境界石標L、N、O、P、Qのさらに外周に立っています。

明治42(1909)年12月24日、第十師團経理部長から陸相に出された伺書に「明治37(1904)年中、工兵第十大隊の裏側の官有山林を水源等の関係で譲り受けた」(意訳)旨あり、山上からの水路が遺っている事からこの部分が文章の該当地にあたると思われます。

M 陸軍省所轄地
抜けて転がっています。
M 陸軍省所轄地(福知山)

V 陸軍省所轄地
倒れかけています。
V 陸軍省所轄地 福知山陸軍演習廠舎 (旧工兵第十大隊)(京都福知山)

W 陸軍省所轄地
W 陸軍省所轄地 福知山陸軍演習廠舎 (旧工兵第十大隊)(京都福知山)

X 陸軍省所轄地
X 陸軍省所轄地 福知山陸軍演習廠舎 (旧工兵第十大隊)(京都福知山)

∨・W・Xの境界石標3本はお世話になっている京都の探索者BESAN様に御教示頂きました。

Y 陸軍省所轄地
Y 陸軍省所轄地 福知山陸軍演習廠舎 (旧工兵第十大隊)(京都福知山)


1 地下壕跡
斜面に遺りますが崩落しています。
1 地下壕跡 福知山陸軍演習廠舎 (旧工兵第十大隊)(京都福知山)

2 地下壕跡
こちらも崩落しています。
2 地下壕跡 福知山陸軍演習廠舎 (旧工兵第十大隊)(京都福知山)

3 地下壕跡
同じく崩落しています。
3 地下壕跡 福知山陸軍演習廠舎 (旧工兵第十大隊)(京都福知山)

4 階段
山上に上がるコンクリート製階段が遺ります。
4 階段 福知山陸軍演習廠舎 (旧工兵第十大隊)(京都福知山)

4 枡 福知山陸軍演習廠舎 (旧工兵第十大隊)(京都福知山)
▲近くにある集水桝

Y付近の煉瓦の水槽 福知山陸軍演習廠舎 (旧工兵第十大隊)(京都福知山)
▲付近にあった煉瓦水槽
 『伺書』に譲受た土地内に神社があったが遷座した旨記載があり、その神社の残骸かも知れません


主要参考文献
『官有地譲受之件』(十経営第一〇號)
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住の探索者。

明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達の足跡に触れ感じるため各地(西日本が多いです)を探索しています。
軍跡(軍事関連遺構)は当時を知る生きた教科書です。

精強帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、及び祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介しています。

戦後極端に盛られ歪められた歴史を公平に記述し、英霊の名誉回復、真の姿を知る一助になる事を目指し記述しています。


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