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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

福知山工兵作業場

福知山市に所在した長田野陸軍演習場の北西端に福知山工兵作業場がありました。
ア レンガ塀 南西から 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)
▲山林に遺る演習用トーチカと思われる煉瓦塀

【探索日時】
令和2(2020)年12月25日





福知山工兵作業場について
明治28(1895)年4月17日、日清間に講和条約が締結され、明治二十七八年戰役(日清戦争)が終結します。
講和条約により我が国は清国より遼東半島の領有を認められますが、5月14日、ロシア、フランス、ドイツの干渉(三国干渉)により領有を放棄せざるを得ませんでした。
当時、ヨーロッパ列強諸国による植民地獲得競争は極東にも及び、特にロシアの軍備は脅威的な事から我が国は安全保障の観点から軍備増強を決定します。

明治29(1896)年3月14日、陸軍省は『陸軍平時編制』を改定(勅令第二十四號)し、第七から第十二師團の新設、そのうち第十師團の姫路設置、歩兵第二十聯隊、工兵第十大隊の天田郡曽我井村(現、福知山市)への兵営設置が決定、27町歩6反の土地(全用地47町)が献納され、“師團設置”の流言により地価が暴騰するなか、柳島郡長以下地元有力者の尽力で残りの用地を坪70銭(通常30銭)で買収します。
8月19日、臨時陸軍建築部大阪支部福知山出張所が開設され、棟梁・松村雄吉氏(後、初代松村組社長)以下により兵営の建築が着工、明治31(1898)年11月25日、工兵営が竣工します。

明治30(1897)年6月19日、工兵第十大隊第一中隊(明治3年12月1日、大隊編成完結)が伏見から曽我井村に建設中の兵営に転営し、天田郡土師村(現、福知山市)の福知山工兵作業場の供用を開始します。
福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)
▲福知山工兵作業場(国土地理院所収『大日本陸地測量部測図 福知山』)

大正14(1925)年5月1日、第三次軍備整理(宇垣軍縮)により工兵第十大隊は工兵第十七大隊(岡山)跡に転営したため、福知山工兵作業場は廃止、隣接の長田野陸軍演習場に包含され第四師團の管理下に置かれた様です。

昭和20(1945)年8月16日、大東亜戦争の停戦に伴い、8月28日、『戰争終結ニ伴フ國有財産處理ニ關スル件』の閣議決定(大正11年1月28日、勅令第十五號『國有財産法施行令』)により内務省を通じ大蔵省に移管、大阪財務局の管理下に置かれます。

昭和39(1969)年3月、京都府は総合開発計画の一環として長田野工業団地の造成を計画、昭和40(1965)年4月より旧工兵作業場の大半を含む国有地の取得、及び周辺用地の買収を開始し、昭和45(1970)年10月、造成工事に着手し現在に至ります。

こちらの福知山工兵作業場の遺構については何時もお世話になっている京都の探索者・BESAN様に御教示頂きました。
氏のサイトには遺構の紹介に加え工兵作業場についての考察も記載されています。



遺構について
福知山工兵作業場
長田野陸軍演習場のあった台地上に続く部分は工業団地化に伴い造成されてしまいましたが、台地下は残置され住宅地として払下げられた様です。
現在、道路沿いの雑木林内に演習用陣地と思われる遺構が遺ります。
工兵作業場 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)
▲遺構の見取図

A 煉瓦塀
付近の最高点にあり演習用の仮想トーチカと思われます。
左右に塀が立っていますが天端の形状、銃眼の数など異なりどの様にして使用されていたのか不明です。
ア レンガ塀 西から 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)
▲攻撃側の視点

ア レンガ塀 東から 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)
▲防御側

ア レンガ塀 南西から 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)
▲側面

ア レンガ塀南側 銃眼? 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)
▲南側塀の銃眼(外側)
 元々あった物では無く、後に開けられた痕跡があります

ア レンガ塀北側 銃眼? 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)
▲北側塀の銃眼(外側)

ア レンガ塀南側 上部 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)
▲南側の塀天端には屋根があった様な痕跡があります

ア レンガ塀北側の取り付け穴 西から 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)
▲北側塀の外側には何かを取り付けていた痕跡があります


イ 窪地
トーチカの棲息部の様な窪地が遺ります。
写真では全く分かりません・・・
イ 窪地南側 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)


ウ 掩体
半円形の土堤が遺りますが・・・
ウ 東から 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)


エ 掘り込み
斜面を掘り込んでいますが、よく分からん・・・
エ 北東から 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)


オ 掘り込み
巨大な方形の掘り込みがあります。
大きさから攻撃発起点の待機場所と思われます。
オ 東から 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)


カ 交通壕
オに繋がります。
カ→オ (1) 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)

キ 掘り込み
キ←オ 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)


ク 交通壕
ク←オ 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)

ケ 孔
倒竹が大量に投棄されていますが、かなりの深さがあります。
ケ 穴 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住の探索者。

明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達の足跡に触れ感じるため各地(西日本が多いです)を探索しています。
軍跡(軍事関連遺構)は当時を知る生きた教科書です。

精強帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、及び祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介しています。

戦後極端に盛られ歪められた歴史を公平に記述し、英霊の名誉回復、真の姿を知る一助になる事を目指し記述しています。


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