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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕

福崎町田口、桜地区に大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所横穴式格納壕が設定されていました。
く 内部大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲桜地区に遺る横穴式格納壕

【探索日時】
平成27(2015)年3月11日





大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕について
昭和17(1942)年中旬、神崎郡福崎町高橋に大阪陸軍航空支廠 姫路出張所(昭和17年10月15日、大阪陸軍航空廠に改編、昭和19年10月10日、大阪陸軍航空補給廠に移管され大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所に改称)が開所、航空弾薬の貯蔵、補給業務を開始します。

昭和19(1944)年7月7日、我が国はサイパン島、8月3日、テニアン島、11日、大宮島(グアム)を相次いで失陥、11月24日、中島飛行機㈱武蔵製作所がマリアナ諸島からのB29により空襲されるなど本格的な本土空襲が予測されるなか陸軍航空本部は各航空補給廠に貯蔵品の疎開計画の立案を示達します。

昭和20(1945)年2月、姫路出張所は神子畑鉱山(朝来町)、生野鉱山の廃坑、三枝草(夢前町)の山中に弾薬を疎開させるとともに、近隣に横穴式格納壕の設定を計画します。
中部軍管區司令部(河邉正三中将、大阪)は留守第五十四師團(平林盛人中将、姫路)に格納壕設定を下令、師團は構築作業隊(隊長:大杉武次大尉(歩兵第百十一聯隊補充隊)、歩兵第百十一聯隊、歩兵第百三十九聯隊、野砲兵第五十四聯隊、捜索第五十四聯隊、輜重兵第五十四聯隊、戰車第十九聯隊、工兵第五十四聯隊各補充隊より抽出)1,000名(2,000名とも)により出張所隣接地の西谷、西治に横穴式格納壕の掘削を開始、20ヶ所ほど掘削しますが、同地は岩盤が多く進捗状況が悪かったため、設定場所を桜、田口地区の民有地を借用し変更、掘削を再開、3月下旬、20ヶ所ほどの壕が竣工します。
壕は全て素掘りで幅3m、高さ2m、奥行10~30mで支保工により補強されます。
姫路出張所は竣工した格納壕から順次、航空弾薬、信管、蝋の格納を実施、補給を続けるなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、姫路出張所は空襲を受ける事無く無傷で停戦を迎えました。

9月25日、米第6軍第1軍団が和歌山市二里ヶ浜に上陸、同日、隷下の第33歩兵師団が三宮駅に到着し神戸市内の神港ビルに司令部を設置、10月1日から兵庫県各地に進駐を開始、姫路出張所も接収され、横穴式格納壕も含め弾薬類の処理が行われます。

昭和26(1951)年5月、GHQ参謀部第2部の指示で復員局が調査したところ「地下壕は42ヶ所。停戦後、支保工は全て持ち去られ崩落が進み使用できる物は無い。」との報告を行います。


遺構について
大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕
横穴式格納壕は停戦に伴い所有者に返還されますが、使用用途も無く放置され一部はゴミの不法投棄、一部は水没するなど崩落が進みます。

あ 格納壕跡
畑の斜面にあり閉鎖されています。
中を見せてもらいましたが少し窪んでいる程度で土取により本体が無くなった壕の後端の様です。
あ 壕口大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)

い 格納壕跡
崩落して溝状になっています。
い 崩落跡?大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)

え 溝状遺構
斜面に屈曲した交通壕の様な溝が遺ります。
え 北から大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)

お 格納壕
崩落により壕口が殆ど埋まっています。
お 壕口大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲壕口

お 内部大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲内部

か 格納壕
全体的に崩落しています。
奥行20mで5m地点の左側に3mほどの横坑があります。
か 壕口大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲壕口

か 内部 (2)大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲内部

か 横坑大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲横坑

か 内部大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲主坑 切羽方向

き 格納壕
奥行30mで状態は良いものの水没しています。
果敢にパンイチで進入した穴場の姫路氏によると右側に5mほどの横坑があるようです。
き 内部大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲内部

く 格納壕
大きな崩落も無く壕床に枕木、壁面に支保工の跡が遺るなど状態が良い壕です。
奥行30mで10m地点の右側に5mの横坑があります。
く 壕口大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲壕口

く 内部大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲内部

く 横坑大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲横坑

く 内部 (2)大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲主坑 切羽方向

く 分岐部壁面の柱跡大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲壁面の支保工跡

く 壕床の掘り込み大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲壕床の枕木跡

け 格納壕跡
崩落して溝状になっています。
け 崩落跡大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)

こ 格納壕
奥行30mほどの直線壕で、全体的に崩落しています。
こ 壕口大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲壕口

こ 内部大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲内部

こ 切羽大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲切羽

さ 格納壕
奥行30mほどの直線壕で、全体的に崩落しています。
さ 壕口大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲壕口

さ 内部大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲内部

さ 切羽大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲切羽

し 格納壕跡
崩落して溝状になっています。
し 崩落跡大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)

す 格納壕
20mほどの壕ですがゴミが大量に投棄されており入れません。
す 壕口大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲壕口

せ 格納壕跡
崩落して溝状になっています。
せ 崩落跡大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)


以下は前記事で紹介した姫路出張所隣接地の西谷、西治に遺る格納壕です。
昭和20(1945)年2月に設定が開始されるも岩盤が多く進捗状況が悪かったため、上記の桜、田口地区に場所が変更されます。

エ 格納壕
17ヶ所探索した同地区の地下壕で唯一遺っていた壕です。
奥行は5mほどと短く、周辺状況から前方が崩落している様です。
エ 壕口 大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所(大阪河内長野)
▲壕口

エ 内部 大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所(大阪河内長野)
▲内部

カ 格納壕
後端が僅かに遺ります。
カ 残存部 大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所(大阪河内長野)

ケ 格納壕
後端が僅かに遺ります。
ケ 壕口 大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所(大阪河内長野)

コ 格納壕
後端が僅かに遺ります。
コ 壕口 大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所(大阪河内長野)

ツ 格納壕
後端が僅かに遺ります。
ツ 内部 大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所(大阪河内長野)

ト 格納壕
後端が僅かに遺ります。
ト 内部 大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所(大阪河内長野)

ア 格納壕 崩落跡
ア 崩落跡 大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所(大阪河内長野)

ウ 格納壕 崩落跡
ウ 崩落跡 大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所(大阪河内長野)

キ 格納壕 崩落跡
キ 崩落跡 大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所(大阪河内長野)

サ 格納壕 崩落跡
サ 崩落跡 大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所(大阪河内長野)

大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所の遺構に関しては姫路市を中心にディープな場所を探索されている穴場の姫路様に御教示、及び再探索に同行させて頂きました。


主要参考文献
『福崎町史 第二巻 本文編2』(平成7年3月 福崎町史編集専門委員会)

『かたりべ 第十五集』(福崎ふるさとを語りつぐ会)
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住の探索者。

明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達の足跡に触れ感じるため各地(西日本が多いです)を探索しています。
軍跡(軍事関連遺構)は当時を知る生きた教科書です。

精強帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、及び祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介しています。

戦後極端に盛られ歪められた歴史を公平に記述し、英霊の名誉回復、真の姿を知る一助になる事を目指し記述しています。


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