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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

豊橋海軍航空基地 隧道弾庫

渥美湾に浮かぶ海上航空基地だった豊橋海軍航空基地の対岸に隧道弾庫が遺ります。
B 内部 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)
▲魚雷の実用頭部が格納されていた隧道弾庫

【探索日時】
平成27(2015)年4月14日





豊橋海軍航空基地 概要
豊橋海軍航空基地は第四次海軍軍備充實計畫(通称「マル四計画」)』において主に陸攻、陸爆、一部艦上機の錬成用の航空基地として計画され、昭和14(1939)年、用地買収が完了、設営を開始し、昭和18(1943)年4月1日、豊橋海軍航空隊(初代、後の第七〇一海軍航空隊)が開隊、のちに第五二一海軍航空隊第七三二海軍航空隊第五二四海軍航空隊豊橋海軍航空隊(二代)が編成されます。

※豊橋海軍航空基地、各航空隊については前記事『豊橋海軍航空基地』参照


遺構について
都市空襲が激化する昭和20(1945)年5月頃から、豊橋海軍航空隊は対岸の大崎、駒形に爆弾、魚雷用、老津に通信機用、二回新田に糧食類用の隧道格納庫を設営し分散疎開させます。
豊橋航空基地 現在 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊(愛知豊橋)
▲豊橋海軍航空基地 配置
①豊橋海軍航空基地 飛行場地区
②   〃        居住地区
③第二海軍航空廠 豊橋補給工場
④大崎宿舎(東海海軍航空隊 豊橋基地隊)
⑤第一群隧道
⑥第二群隧道
⑦第三群隧道
⑧第四群隧道
⑨糧食隧道

⑩老津送信所
※緑文字が当記事にて紹介

⑤第一群隧道
直線地下壕13本、コ型1ヶ所が設営されていました。
コ型壕は電話交換室、直線壕に電信室、蓄電池室などがあった様ですが、その他の壕は用途不明です。
残念ながら斜面に擁壁が貼られており全て滅失してしまいました。


⑥第二群隧道
地下壕数、格納品目ともに不明です。
閉鎖された地下壕1本、崩落跡?2ヶ所が遺ります。

▲遺構の配置

K 地下壕跡?
斜面に溝状の崩落跡の様な痕跡があります。
K 掘り込み 西から 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)

L 地下壕
コンクリート壁で閉鎖されています。
内部は数mで崩落している様です。
L 地下壕 閉鎖 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)
▲壕口

L 地下壕 内部 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)
▲内部


M地下壕跡?
斜面に溝状の崩落跡の様な痕跡があります。
竹林が荒れているうえ豪雨のためこれ以上の探索は諦めました・・・


⑦第三群隧道
⑥第二群の裏にありましたが、民家が密集しており探索不能です。


⑧第四群隧道
運河沿いにあり有名な遺構です。
直線地下壕5本(南から第一號~第五號弾庫)が設営されており、通称「海岸弾庫」と称されていました。

▲遺構の配置

A 第一號弾庫
下記Bとともに魚雷の実用頭部が格納されていた様です。
コンクリート製で下記Bと同じ規格と言われていますが、殆ど埋まり壕口の上部しか見えません。
A コンクリート製 埋まる 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)

B 第一號弾庫
コンクリート製で半分程埋まっています。
金網が張られており入れませんが、内部の状態は良好で長さ50m程です。
B 壕口 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)
▲遠景

B コンクリート製 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)
▲近影

B 内部 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)
▲内部

C 第三號弾庫
殆ど崩落しているうえ木の柵がしてあります。
C 閉鎖 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)
▲壕口

C 閉鎖 (2) 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)
▲内部

D 第四號弾庫
殆ど崩落しています。
D 辛うじて開口 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)

E 第五號弾庫?
崩落跡の様な溝があります。
E 崩落 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)

e 格納壕
斜面を方形に掘り込んでいます。
物資格納壕と言われますが詳細不明です。
e 格納壕 西から 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)

“あ・い・う”はこの地にあった大崎城の堀切の様です。
い 大崎城空堀 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)
▲“い”堀切


d 機銃砲台
大崎城本丸には機銃座が遺ります。
豊橋海軍航空基地には航空基地内に①25㎜二聯装1・単装4、②25㎜単装6、③25㎜二聯装1・単装4、④25㎜二聯装1・単装4、⑤25㎜単装6、⑥13㎜単装6、⑦13㎜単装6の7ヶ所の砲台があり、第四群隧道上の丘陵上に⑧25㎜単装4門がありました。
⑧のうちの1門の銃座と待機所と思われます。
d2 銃座
円形の窪地で銃座の様ですが、竹林が荒れており見通せません。
d2 西から 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)

d3 待機所?
方形窪地が遺ります。
d3 南から 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)

d4 砲側弾薬置場?
小型の方形窪地が遺ります。
d4 南から 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)

d1 井戸?
戦後の井戸の様でコンクリート管が埋まっていますが詳細不明です。
d1 コンクリート管 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)


⑨糧食隧道
図面史料が遺っておらず詳細は不明です。
可能な限り探索してみましたが崩落跡と思しき溝が遺る程度、近所の方に取材するも防空壕は知らないとの事でした。

▲遺構の配置

F 崩落跡
F 崩落跡 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)

G 崩落跡
G 崩落跡 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)

H 崩落跡
H 崩落跡 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)

I 崩落跡
I  崩落跡 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)

J 崩落跡
J  崩落跡 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)

O 崩落跡
O群 崩落跡? 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)

P 崩落跡
P 崩落跡? 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)

Q 崩落跡
Q 崩落跡? 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)


主要参考文献
『松島・豊橋海軍航空隊慰霊記念誌 鎮魂と回想』(平成6年7月 松島空慰霊世話人会)

『大崎島』(昭和52年6月 近藤正典 大崎島変遷史編さん委員会)
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盡忠報國

Author:盡忠報國
明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった精強帝國陸海軍、先人達に思いを馳せるとともに、祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の遺徳に触れ感謝すべく探索・訪問した軍事遺構、護國神社、資料館を紹介、併せて遺構の歴史、地域との関わり、関連部隊などの調査、研究成果を発表しています。

遺構は飽くまで「物」であり、そこに関わった「人」の存在、歴史を理解してこそ遺構の調査、研究は成立すると考えます。
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