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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場・工員住宅

近年遺構の一部が整備され、紫電改の実物大模型で知られる姫路海軍航空基地に隣接し川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場が、同工場の北西に工員住宅がありました。
2-4 全景 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)
▲現在の工員住宅街

【探索日時】
令和元(2019)年12月28日





川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場について
昭和17(1942)年4月28日、日本毛織物㈱は商工省繊維局長に対し、原毛不足で遊休化した姫路工場を閉鎖し加印、名古屋両工場への集約、及び姫路工場の川西航空機㈱への譲渡を申請します。
5月18日、川西航空機㈱は兵庫県に対し姫路製作所新設の申請を提出し、工場改造、生産設備据付を開始、7月、局地戦闘機「紫電」の生産を開始します。

姫路製作所は毛織物工場転用のため試験用滑走路を持たなかった事から、昭和18(1943)年8月1日、近隣の姫路海軍航空基地の北側隣接地に組立工場、第一・第二整備工場を有する鶉野(うずらの)工場を建設(工場完成まで牛車で運搬し試験飛行を実施)し、12月から操業を開始します。
※用地買収、工場、住宅に関し資料が無く詳細不明ですが時期的に昭和17年5月22日成立の『兵器等製造事業特別助成法』(昭和十七年法律第八號・勅令第五百三十一號)により敷地、工場は海軍省が買収し建設、厚生施設の住宅は川西航空機㈱が用地買収、建設したと思われます。

5月、竣工したコンクリート滑走路(45×800m)を使用し紫電、紫電改の試験飛行を実施しました。
試験は最初に川西航空機㈱の飛行士により試運転、飛行試験が行われ、次いで第一〇〇一海軍航空隊姫路派遣隊の搭乗員により公試験が行われ、検査合格した機隊は同派遣隊により各航空隊に、もしくは各航空隊に直接受領、空輸され配備されました。

昭和20(1945)年3月30日、姫路派遣隊の五田上飛曹搭乗の紫電改が試験飛行中に発動機不調により失速、北条線の線路に尾輪が引っかかりズレてしまったところに機関車が通過し脱線、死者11名、負傷者62名が出てしまい、五田上飛曹も殉職してしまいます。

昭和20(1945)年3月、川西航空機㈱は防諜上の見地から「神武秋津社」に改称、4月、姫路製作所は姫路市北条に第三百十六設營隊により設営された横穴式、覆土式工場に疎開を開始しますが、6月22日、B-29爆撃機78機の空襲により大損害を受け操業を停止してしまいます。
7月9日、急迫する戦局に神武秋津社は国営化され第二軍需工廠に譲渡、姫路製作所は第四製造廠に改称し疎開先で紫電、紫電改の製造にあたるなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。

17日、軍需相より第二軍需工廠に対し、航空機の製造停止、生産設備の川西航空機㈱への返還、疎開・疎開工場建設の中止、資材の民需転換、臨時従業員の解除、貸与書類・図書の焼却など残務処理が示達されます。
学校報国隊・女子挺身隊・応徴士に賃金、退職金、旅費、配給物資を支給し即日勤務解除、8月23日、第二軍需工廠は閉鎖されました。
10月23日、姫路海軍航空基地は米軍に接収されます。
停戦後の経緯は不明ですが、昭和21(1946)年1月、川西航空機㈱の各工場(10月1日、製作所は工場に改称)は賠償工場に指定されているので、工作機械類は旧姫路製作所に集約、建物は戦災復興資材、倉庫として搬出ののち、敷地は未利用のまま残置、昭和30(1955)年代に㈲鶉野養鶏が進出、平成20(2008)年、同社は廃業、跡地は公益社団法人兵庫みどり公社が借上げ、平成26(2014)年10月、㈱兵庫ネクストファームに貸付けトマトの栽培が行われています。

また、滑走路は昭和32(1957)年9月、大蔵省に返還され、昭和37(1962)年夏、北側1/4が農林省、南側残りが防衛庁に移管、平成28(2016)年6月、加西市に払い下げられ、平成29(2017)年6月、滑走路の一部に防災倉庫が建設、紫電改の実寸大模型が公開されます。

工員住宅は川西航空機㈱より兵庫県に払下げられ、引揚者住宅として運営ののち入居者に払い下げられた様です。


遺構について
川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場
現在、大規模農業施設になり工場の遺構は遺っていませんが、1,200×60mのコンクリート敷滑走路が遺ります。

コンクリート敷滑走路
当滑走路は姫路海軍航空基地の滑走路と誤認されがちですが、川西航空機㈱の試験飛行用の滑走路です。
また格納庫が姫路市西中島に移設されています。
姫路海軍航空基地(姫路海軍航空隊) ね 滑走路 北東から(兵庫加西)
▲滑走路 北端付近から

姫路海軍航空基地(姫路海軍航空隊) ね 滑走路を行く陸自トラック(兵庫加西)
▲滑走路 中央付近

姫路海軍航空基地(姫路海軍航空隊) 倉庫(兵庫加西)
▲貴重なコンクリート敷滑走路を剥がして造られた防災倉庫


川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅
当時は2戸連棟が9棟、4戸連棟が6棟、寄宿舎(長屋)が3棟、食堂、浴場、購買所などがあった様です。
現在、やや増改築、切断されていますが、全体的に状態が良く2戸連棟が9棟全棟、4戸連棟が完存3棟、切断6棟が遺ります。

▲現存住宅配置

1 2戸連棟
完存していますが、奥側はかなり増築されています。
1 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

2 2戸連棟
完存しており、非常に状態も良くほぼ当時のままと思われます。
2 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

3 2戸連棟
完存しており、手前側は建物の雰囲気を活かし改修されています。
3 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

4 2戸連棟
完存しており、手前側は建物の雰囲気を活かし改修されています。
4 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

5 2戸連棟
完存しており、非常に状態も良くほぼ当時のままと思われます。
5 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

5東側窓 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)
▲全棟に付属する縁台

6 2戸連棟
完存しており、両棟とも同一の改修がされている事から同一の方が所有していると思われます。
6 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

7 2戸連棟
完存していますが、左側は窓の縁台が撤去されています。
7 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

8 2戸連棟
完存していますが、両方とも同一の方が所有していると思われ大幅に改築中です。
8 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

9 2戸連棟
完存していますが、両方とも同一の方が所有していると思われ玄関が1ヶ所に、右側は減築されています。
9 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

10 4戸連棟
11までの連棟でしたが、中央の2戸が撤去されています。
10 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

11 4戸連棟
10から続く連棟の左端です。
11 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

12 4戸連棟
4戸全部が遺り、保存状態も良好です。
12 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

13 4戸連棟
4戸全部が遺りますが、全棟改修されています。
13 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

14 4戸連棟
4戸全部が遺り左側2棟はほぼ当時のまま、右側2棟同一所有者のため改築されています。
14 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

15 4戸連棟
右端だけが遺ります。
15 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

16 4戸連棟
同じく右端だけが遺ります。
16 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

17 4戸連棟
右端の2戸が遺りますが、大改修されています。
17 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

18 4戸連棟
中央の2棟が遺ります。
18 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)

19 防火水槽
19 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)


主要参考文献
『いまに残る姫路基地』 (平成11年10月 上谷昭夫 平和記念の碑建立実行委員会)
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Author:盡忠報國
明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった精強帝國陸海軍、命をかけて国や家族を護ろうとした先人達に思いを馳せるとともに、祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の遺徳に触れ感謝すべく探索・訪問した軍事遺構、護國神社、資料館を紹介、併せて遺構の歴史、地域との関わり、関連部隊などの調査、研究成果を発表しています。

遺構は飽くまで「物」であり、そこに関わった「人」の存在、歴史を理解してこそ遺構の調査、研究は成立すると考えます。
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