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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

横須賀鎭守府 瀧田特攻基地(仮称)

南房総市に特別攻撃機「櫻花」四三乙型(陸上発射台射出型)配備を予定した瀧田特攻基地(仮称)の設営が進められていました。
なお、基地は未成のため正式名は無かった様なので「仮称」とし、便宜上当時の村名から呼称させて頂きました。
A 滑走台 北から 瀧田特攻基地(千葉下滝田)
▲畑地に遺る櫻花の射出機基礎

【探索日時】
平成27(2015)年4月1日





「櫻花」四三乙型の特攻基地について
昭和20(1945)年1月9日、米軍がルソン島に上陸を開始、20日、大本營陸海軍部は『帝國陸海軍作戰計畫大綱』を策定、主戦場が本土周辺に至るに及び全軍特攻化を決定します。
大本營海軍部は水上艦艇の戦力が払底していたため、来るべき決號作戰(本土決戦)に向け航空、及び水上、水中特攻部隊の整備に着手、敵攻略部隊の接近に伴い海軍は特攻攻撃を反復し、敵の上陸までに兵力を極力減殺する事を任務とします。

3月1日、海軍は国軍として初の建制の特攻部隊である特攻戰隊、突撃隊(ともに水上、水中)を編成、特攻基地の設営を開始します。

6月18日、大本營は沖縄戦の推移に鑑み、敵の本土上陸を9月以降と予測、その攻略部隊第一波(10個師団、輸送船1,000)の半数を上陸初期10日間で陸海軍航空特攻、及び水上、水中特攻部隊により破砕、敵の侵攻企図を挫折させるべく、海軍部は特攻機の急速整備、既設航空基地の整備強化とともに練習機特攻基地(秘匿航空基地:牧場)55ヶ所(既存と合計60)の設営、整備(西日本8月15日、東日本9月末を目処)を決定、23日、海軍施設本部は各鎭守府に『新設秘密航空基地施設要領』(6月16日制定)に基づく牧場設営を下令します。

この間、3月17日、「櫻花」一一型(陸攻懸吊型)が制式採用され、21日、第一神風櫻花特別攻撃隊 神雷部隊として一式陸攻に懸吊され沖縄に来寇した敵機動部隊の攻撃に出撃、4月25日、四三乙型(陸上発射台射出型)の実物木型模型審査が終了、5月上旬より生産準備に入り、6月27日、武山海兵團において練習機が射出試験に成功します。

昭和20(1945)年7月1日、試作中の特別攻撃機「櫻花」四三甲型(潜水艦射出型)、及び同乙型(陸上発射台射出型)の搭乗員訓練部隊として第七二五海軍航空隊(鈴木正一中佐)が香取海軍航空基地において開隊、20日、訓練基地として設営が進む比叡山特攻基地に隣接する滋賀海軍航空基地に移駐します。

7月14日、海軍省は官房空機密第一一四九號『櫻花四三型基地整備ノ件』により海軍施設本部は関東地区4地区に射出機27基、東海地区2地区に12基、紀伊水道田辺に10基の特攻基地用地を選定、横須賀鎭守府、大阪警備府に特急工事として下令、横鎭は第一技術廠、横須賀海軍施設部、横須賀海軍工廠が、阪警は第十一海軍航空廠、大阪海軍施設部により設営を開始、武山に1基が竣工するも、その他の基地は設営中に8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。
また練習機は2機が完成(未配備)、「櫻花」四三乙型は生産準備中でした。
●関東地区
熱海峠付近 射出機 8基 ・・・ 8月末完成予定
房総南部 射出機 12基 ・・・ 8月末完成予定
筑波付近 射出機 6基 ・・・ 9月末完成予定
武山付近 射出機 1基 ・・・ 8月末完成予定

●東海地区
大井付近 射出機 6基 ・・・ 9月末完成予定
朝熊山付近 射出機 6基 ・・・ 9月末完成予定

●紀伊水道
田辺付近 射出機 10基 ・・・ 9月末完成予定
比叡山特攻基地 櫻花四三型(大津)
▲櫻花四三型平面図


遺構について
瀧田特攻基地(仮称)
房総南部地区は8月末の完成を予定し横須賀海軍施設部の監督、指揮のもと勤労奉仕隊、労務者により射出機12基の設営を進めていました。
安房郡瀧田村の用地は借地だった様で停戦後は返還され、農地として開墾され現在に至ります。
瀧田特攻基地(施設のみ)
▲遺構の配置と基地推定図

A 射出機基礎
畑の脇にコンクリート製の射出機基礎が遺り、49基設営が進められていた特攻基地のうち、唯一射出機がほぼ完存しているとされます。
基礎は巾2✕長さ38.5mで前端は破損、後端は埋まっています。
A 滑走台 北から 瀧田特攻基地(千葉下滝田)
▲後端から
 埋まっています

A 滑走台 南東から 瀧田特攻基地(千葉下滝田)
▲側面

A 滑走台 南から (3) 瀧田特攻基地(千葉下滝田)
▲前端から
 前端は崩壊しているので、もう少し長かったと思われます

A 滑走台 南から 瀧田特攻基地(千葉下滝田)
▲中央付近

A 滑走台 軌条取り付け孔 寸法 瀧田特攻基地(千葉下滝田)
▲基礎全面に並ぶ孔と寸法
 この孔に枕木を嵌め、犬釘で軌条を固定していたと思われます

軌条
近隣の知恩院境内に置かれています。
A 滑走台の軌条(知恩院) (2) 瀧田特攻基地(千葉下滝田)
▲全景

A 滑走台の軌条(知恩院) 瀧田特攻基地(千葉下滝田)
▲近影


B 格納庫
射出機基礎の背面の山に遺ります。
殆ど崩落していますが、後端が僅かに遺ります。
『櫻花基地施設基準』(昭和20年1月20日、施本築軍極秘第十一號)によると隧道は“巾6m✕高さ3m以上”とあります。
B 格納壕 (2) 瀧田特攻基地(千葉下滝田)
▲軌条があったと思われる位置から

B 格納壕 瀧田特攻基地(千葉下滝田)
▲切羽付近

B 格納壕 切羽 瀧田特攻基地(千葉下滝田)
▲僅かに遺る後端


C 格納庫
崩落して溝状になっています。
C 格納壕壕口付近?(崩落) 瀧田特攻基地(千葉下滝田)
▲遠景

C 格納壕最深部(崩落) 瀧田特攻基地(千葉下滝田)
▲近影


主要参考文献
『神雷部隊始末記』(平成21年11月 加藤浩)

『戦史叢書95 海軍航空概史』(昭和51年6月 朝雲新聞社)

『日本海軍潜水艦部隊の記録 鉄の棺 資料編4』 (平成17年5月 渡辺博史 ニュータイプ)

『櫻花基地施設基準(施本築軍極秘第十一號、築城施設基準・範式第四號)』(昭和20年1月20日 海軍施設本部)
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Author:盡忠報國
明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった精強帝國陸海軍、命をかけて国や家族を護ろうとした先人達に思いを馳せるとともに、祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の遺徳に触れ感謝すべく探索・訪問した軍事遺構、護國神社、資料館を紹介、併せて遺構の歴史、地域との関わり、関連部隊などの調査、研究成果を発表しています。

遺構は飽くまで「物」であり、そこに関わった「人」の存在、歴史を理解してこそ遺構の調査、研究は成立すると考えます。
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