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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

福知山陸軍病院 【追加】

福知山城三之丸(伯耆丸)に福知山陸軍病院が、その北側には福知山聯隊區司令部福知山憲兵分隊がありました。

当地は過去に探索しましたが昨年、他にも境界石標が遺っているとの情報を得て再訪して来ました。
b陸境二九ノ二一 福知山陸軍病院(京都福知山)
▲内記稲荷神社周辺に遺る境界石標





本記事はこちら
『福知山陸軍病院』


福知山陸軍病院
明治29(1896)年3月14日、陸軍省は『陸軍平時編制』を改定し、天田郡曽我井村(現、福知山市)に歩兵第二十聯隊、工兵第十大隊の設置を決定、福知山町字岡(福知山城三之丸(伯耆丸))の民有地を買収、献納地と合わせ衛戍病院の建設を開始します。
明治30(1897)年6月、⑥工兵第十大隊兵営内に福知山衛戍病院が仮設され、明治31(1898)年6月25日、病棟の一部が竣工したのに伴い移転します。
昭和11(1936)年11月10日 勅令第三百八十七號『陸軍病院令』により、福知山陸軍病院に改称します。

昭和20(1945)年8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。
停戦時は中部軍管區司令部隷下にあり、分類は三等病院甲で病床数は282でした。

28日、『戰争終結ニ伴フ國有財産處理ニ關スル件』の閣議決定により病院は内務省を通じ大蔵省に移管されますが、31日、連合軍は全陸海軍用地の接収を示達して来ます。
11月19日、我が国は連合国軍最高司令官総司令部から『陸海軍病院の返還に関する覚書(GHQ AG632)』を受領、12月1日、全国の陸海軍病院は厚生省に移管され、福知山陸軍病院も国立福知山病院に改組、昭和45(1970)年10月16日、厚中町に移転(平成5年10月1日、市立福知山市民病院に改称)します。

病院移転後、病棟は全て破壊、福知山市に払い下げられ、跡地は西側が福知山市勤労青少年ホーム、東側は伯耆丸公園になっています。
陸軍病院跡(福知山)
▲現在の陸軍病院跡地
 公園(広場)になり何も遺っていません


遺構について
福知山陸軍病院が所在した福知山城伯耆丸跡の小山全体が陸軍省の所有地で、その外周に境界石標が遺ります。

H 陸境
殆ど埋まっていますが、この下は「二九ノ◯◯」(◯は数字)だと思われます。
H 陸境の石標(福知山)
▲上にある四角い石は柵の支柱

T 陸境二九ノ
私有地(私有道路)にあり進入には地権者の許可がいります。
T 陸境二九ノ? 福知山陸軍病院(京都福知山)
こちらの境界石標については祐実総軍三等兵氏に御教示頂きました。

U 陸境二九ノ五
民家の裏にあります。
上記石標を撮影していたところ地権者の方が「そこの裏にもあるで」と御教示下さりました。
もちろん了解を得て撮影しています。
U 陸境二九ノ五 福知山陸軍病院(京都福知山)

なお、この一帯の地権者の自宅庭先にも境界石標(刻字は「島田界」)が立っていますが、こちらは個人境界の石標で元々は別の場所にあり全く関係無い物です。

a 陸境二九ノ?
民家の裏に遺ります。
下部がコンクリートで固定されており枝番は読めません。
a陸境二九ノ? 福知山陸軍病院(京都福知山)

b 陸境二九ノ二一
内記稲荷神社と民有地の角に遺ります。
b陸境二九ノ二一 福知山陸軍病院(京都福知山)

c 陸境二九ノ?
下部がゴミで埋まり枝番が読めませんでした。
c陸境二九ノ? 福知山陸軍病院(京都福知山)

上記a・b・cは京都の探索者・BESAN氏に御教示頂きました。
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Author:盡忠報國
明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった精強帝國陸海軍、命をかけて国や家族を護ろうとした先人達に思いを馳せるとともに、祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の遺徳に触れ感謝すべく探索・訪問した軍事遺構、護國神社、資料館を紹介、併せて遺構の歴史、地域との関わり、関連部隊などの調査、研究成果を発表しています。

遺構は飽くまで「物」であり、そこに関わった「人」の存在、歴史を理解してこそ遺構の調査、研究は成立すると考えます。
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