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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

鈴鹿海軍工廠 【追加】

サーキット場で有名な鈴鹿市に鈴鹿海軍工廠がありました。

当地は過去に探索しましたが、他にも建物が遺っているとの情報を得て再訪して来ました。
F 火管圧填場 南西から 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲造園会社に転用されている火管圧填場

【探索日時】
令和3(2021)年12月27日





本記事はこちら
『鈴鹿海軍工廠』

鈴鹿海軍工廠 概略
昭和13(1938)年10月、海軍省は「第三次海軍軍備補充計畫」(通称「マル三計画」)の完成とともに航空戦備の大幅増強(生産数の2倍強強化)を盛り込んだ「第四次海軍軍備充實計畫」(「マル四計画」)を先行着手、鈴鹿海軍工廠はマル四計画に対応すべく航空機銃新製工廠として豐川海軍工廠に続き、多賀城海軍工廠とともに計画され、昭和18(1943)年6月1日、開庁します。

鈴鹿では九七式七粍七固定機銃、二式十三粍旋回機銃、両機銃の弾薬包(他説では加えて七粍七旋回機銃、三十粍機銃弾薬包、爆弾薬包、同信管)の新製を担当します。


遺構について
広大な敷地を誇った鈴鹿海軍工廠ですが、戦後の急速な開発により殆どの遺構が滅失、住宅地に火工部(弾薬包の新製)の遺構が僅かに遺ります。
今回追加で探索した遺構は以下の通り。
A 火管圧填場
粉状の爆薬に圧力をかけ(圧填)、機銃弾発射の際に装薬に点火する火管を製造する工場です。
1階南側が撤去、2階が増築され集合住宅に改造されています。
前回探索時は入居者がおられましたが、現在は全員が退去し空家になっていたため室内を見せて頂きました。
A 火管圧填場 南東から 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲全景

A 火管圧填場 北側廊下 東から 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲東側の入口から通路
左側が南側の部屋部分

A 火管圧填場 南側部屋① 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲部屋
 同じ大きさの部屋が6室ほど並びます

A 火管圧填場 南側部屋② 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲部屋

A 火管圧填場 北側壁面 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲通路の中央にある小部屋


F 火管圧填場
現在は造園会社の事務所になっており、大きな改造が無くほぼ完存しています。
取材したところ戦後、酒造会社(マル??酒造)の倉庫に転用されていたそうですが、昭和50年代初頭に伊藤造園建設㈱が購入した際は屋根が抜け荒廃、壁が分厚く壊すのが大変だった為、そのまま屋根を載せ事務所に転用したそうです。
また同一規格の建物が南側にもあり(こちらは撤去)、各建物には上記C、またはD、Eと同一規格の火薬庫が付属(こちらも撤去)していたそうです。
F 火管圧填場 南西から 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲敷地内から全景

F 火管圧填場 南東から 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲反対側から
 シャッター取り付けのため入口が拡幅開口、窓が1ヶ所塞がれています

F 火管圧填場 北東から 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲道路側から
 手前に増築があり殆ど見えません

F 火管圧填場 屋内 東側から 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲室内
 東側の入口から

室内は上記Aと異なり中央に東西の区切り、北側に小部屋があるだけです。
撮影させて頂きましたが作業道具が整然と並んでいるため掲載は控えさせて頂きます。
当然ですが許可を得て敷地内の立ち入り、室内の見学、撮影をしています。


G 火管圧填場
上記Fと同一の建物でしたが東西が切断され中央部分が民家に改造されて遺ります。
残存部は入口が狭められている以外は状態が良いです。
G 火管圧填場 南から 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲南側全景

G 火管圧填場 南西から 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲近影

G 火管圧填場 南東から 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲撤去跡の遺る外壁

G 火管圧填場 北から 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲北側全景


H 火管圧填場
建物は遺されておらず倉庫の中に僅かに壁、コンクリート床が遺ります。
H 残存部 東から 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲コンクリート床の遺されている壁(車の後ろ)

H 残存部 北東から 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲壁の残存部
 北西から

H 残存部 南から 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲壁の残存部
 南から

H 残存部 南東から 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲壁の残存部
 南東から

※所有者の許可を得て撮影させて頂いています。
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Author:盡忠報國
明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった精強帝國陸海軍、命をかけて国や家族を護ろうとした先人達に思いを馳せるとともに、祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の遺徳に触れ感謝すべく探索・訪問した軍事遺構、護國神社、資料館を紹介、併せて遺構の歴史、地域との関わり、関連部隊などの調査、研究成果を発表しています。

遺構は飽くまで「物」であり、そこに関わった「人」の存在、歴史を理解してこそ遺構の調査、研究は成立すると考えます。
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