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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

串本海軍水上機基地 【追加】

串本町の最も有名な軍事施設と言えば串本海軍水上機基地です。

当地は過去に探索しましたが、昨年末に再探索したところ新たに境界石標数本を発見しました。
カ 境界石標 三五?(移設?) 串本海軍水上機基地(和歌山串本潮岬)

【探索日時】
令和3(2021)年12月25日





本記事はこちら
串本海軍水上機基地

昭和17(1942)年5月15日、熊野灘、紀州灘で敵潜水艦による被害が出始めたため、大本営海軍部は舞鶴海軍航空隊の水偵6機を大阪警備府海面防備部隊に編入し対潜掃討戦力を強化します。

大阪警備府は哨戒地点近傍の和歌山県東牟婁郡串本町を仮拠点に指定、仮兵舎として旅館を借上げ、15日、舞鶴海軍航空隊 串本派遣隊が串本町に進出、砂浜を仮設基地として、22日、対潜哨戒を開始します。
大阪警備府は直後より基地設営を開始。昭和18(1943)年3月、使用開始します。

昭和17(1942)年12月1日、舞鶴海軍航空隊 串本派遣隊を基幹として串本海軍航空隊が開隊、昭和19(1944)年12月15日、第九〇三海軍航空隊 串本派遣隊に改編、昭和20(1945)年5月15日、九〇三空は樺太-三陸沿岸の海面防備担当に任務移行したため串本派遣隊は復帰、新たに大津海軍航空隊 串本派遣隊が配備され引き続き対潜哨戒、船団護衛にあたるなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。


遺構について
今回発見した境界石標は以下の通り。
境界石標は全て正面に海軍を示す二重波線、頂部に方向表示、裏面に通し番号が刻字されています。
エ 境界石標
斜面に埋まっているため背後の通し番号は確認できませんでした。
方向表示に添って斜面上に進んでみましたが、この先には見付けられませんでした。
エ 境界石標 串本海軍水上機基地(和歌山串本潮岬)
▲正面側


オ 境界石標 三二
オ 境界石標 三二 串本海軍水上機基地(和歌山串本潮岬)
▲正面側

オ 境界石標 三二 (2) 串本海軍水上機基地(和歌山串本潮岬)
▲裏側


カ 境界石標 三五?
抜かれて転がっています。
下部がコンクリートで固められており一の位が判読できませんが、付近の番号から「三五」と思われます。
カ 境界石標 三五?(移設?) 串本海軍水上機基地(和歌山串本潮岬)
▲正面側

カ 境界石標 三五?(移設?) (3) 串本海軍水上機基地(和歌山串本潮岬)
▲裏側


キ 境界石標三三
エ 境界石標 三三 (2) 串本海軍水上機基地(和歌山串本潮岬)
▲正面側

エ 境界石標 三三 串本海軍水上機基地(和歌山串本潮岬)
▲裏側


ク 境界石標 三四
下部が埋まっているので掘ったところ三四でした。
ク 境界石標 三四 (2) 串本海軍水上機基地(和歌山串本潮岬)
▲正面側

ク 境界石標 三四 串本海軍水上機基地(和歌山串本潮岬)
▲裏側


ケ 境界石標 三六
崖の縁に遺ります。
この先も進みましたが斜面が荒れており、且つ急な崖になっており断念しました。
ケ 境界石標 三六 (2) 串本海軍水上機基地(和歌山串本潮岬)
▲正面側

ケ 境界石標 三六 串本海軍水上機基地(和歌山串本潮岬)
▲裏側


コ 地下壕跡
私有地の奥に遺ります。
『引渡目録』に弾薬庫と地下壕が描かれていたので住民に取材したところ「昔、自分の家のところに煉瓦建ての弾薬庫があった。斜面に防空壕があったけど埋められてると思う」との事で見せてもらったところ石積みで閉鎖されていました。
コ 弾庫奥の地下壕閉鎖跡 串本海軍水上機基地(和歌山串本潮岬)
▲正面奥の丸い石が積んである場所が地下壕の跡
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Author:盡忠報國
明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった精強帝國陸海軍、命をかけて国や家族を護ろうとした先人達に思いを馳せるとともに、祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の遺徳に触れ感謝すべく探索・訪問した軍事遺構、護國神社、資料館を紹介、併せて遺構の歴史、地域との関わり、関連部隊などの調査、研究成果を発表しています。

遺構は飽くまで「物」であり、そこに関わった「人」の存在、歴史を理解してこそ遺構の調査、研究は成立すると考えます。
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