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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅

大阪府枚方市に所在した大阪陸軍造兵廠 枚方製造所の周辺に工員住宅がありました。
6 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)
▲ほぼ原型のまま遺る工員住宅

【探索日時】
令和4(2022)年6月13日





大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 住宅の概要
昭和13(1938)年1月10日、大阪府北河内郡山田村枚方(現、枚方市)に陸軍造兵廠大阪工廠(昭和15年4月1日、大阪陸軍造兵廠に改称)枚方製造所が開設します。
製造所開設に伴い周辺人口は急増、7月25日、殿山町(現、枚方市)議会は殿山に独身工員専用の軍需労務要員共同寄宿舎の建設を議決します。

戦争の長期化、枚方製造所、東京第二陸軍造兵廠 香里製造所(昭和14年7月15日、開設)の拡張に伴い、その後も工員は増加を続け、陸軍省は山田村の民有地を借受け工員住宅を建設(昭和16年度、1,000戸建設)、昭和18(1943)年12月、枚方町(昭和13年11月3日、枚方町・殿山町・山田村・川越村・蹉跎村・樟葉村が合併)は住宅斡旋所を開設し遊休施設、提供された個人住宅の空部屋、離れ等を住宅として斡旋、昭和19(1944)年1月、枚方貸家組合も工員住宅の建設を計画、第一期工事として650戸の建設を決定します。

昭和20(1945)年8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、枚方製造所は操業を停止、28日、『戰争終結ニ伴フ國有財産處理ニ關スル件』の閣議決定(大正11年1月28日、勅令第十五號『國有財産法施行令』)により製造所、養生校校舎・講堂(建物)、工員住宅(建物)、合同宿舎(建物)は内務省を通じ大蔵省に移管、大阪財務局の管理下に置かれ、のち借上地は地権者に返還されます。

10月27日、枚方市は戦災者、引揚者の住宅に転用すべく大蔵省に官舎、工員住宅を払下げを申請、昭和21(1946)年3月26日、敷島寮、保健寮の使用が許可されますが荒廃していたため、4月1日、市は修繕を開始、6月25日、収容を開始します。
昭和21(1946)年頃(現、居住者談)から工員住宅も使用許可され入居が開始、昭和30(1955)年頃から入居者個人に払い下げられ現在に至ります。

なお、枚方製造所勤務の軍人、軍属用官舎は製造所周辺には無く、香里製造所の官舎地区と共同だった様です。

遺構について
⑧ 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅
昭和17(1942)年1月31日、兵器行政本部により計画(兵秘第一〇三四號)、3月23日、臨時軍事費により第一期の建設が許可、11月15日、第二期が計画(陸亜密第一〇〇六六號)、19日、認可されます。

同地は昭和13(1938)年の第二次買収区画図に既に「製造所用地」として記載されていますが、昭和16(1941)年度の『枚方製造所全圖』に「借用地」の記載があり、旧土地台帳も個人所有地になっています。

停戦後、土地は所有者、建物は大蔵省に移管、昭和21(1946)年頃から戦災者、引揚者住宅に転用、その後それぞれの入居者に売却されます。

工員住宅は木造モルタル塗り4~7戸の連棟、切妻屋根を載せ軒下に間口一杯の波板製の庇を設け、各戸の正面側は中央に玄関があり、室内は片側に炊事場、反対側に座敷があり、背後に別棟の御手洗を置きます。
幹線道路に面した長屋には各玄関前にコンクリート製の門柱が設置されました。
基本形 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)
▲左側が切断されていますが基本形の住宅

1 工員住宅
本来の住宅は中央の切妻部分のみで、前後にかなり増築されています。
1 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

2 工員住宅
正面側に大きな増築(出っ張っている部分)があり、全体的に改築されています。
2 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

3 工員住宅
ドア、窓枠が改修されていますが、全体敵に当時の形状が良く遺ります。
3 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

4 工員住宅
最小限の改修のため原型が良く残ります。
4 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

5 工員住宅
同じく最小限の改修のため原型が良く残ります。
奥に見えるのが上記4。
5 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

6 工員住宅
手前が先述した基本形の建屋6、左側が下記7。
ほぼ当時のまま遺る1棟です。
6 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

7 工員住宅
こちらも原型が良く残ります。
7 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

8 工員住宅
軒下の波板製の庇が撤去されていますが、木製の窓枠など良く残ります。
8 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

9 工員住宅
増築されていますが3世帯が長屋状に遺ります。
9 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

10 工員住宅
玄関周りが改修されていますが比較的原型が残ります。
10 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

11 工員住宅
こちらも原型が良く残ります。
11 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

12 工員住宅
原型を残し現代風に改修されています。
12 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

13 工員住宅
こちらも原型を残し現代風に改修されています。
13 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

14 工員住宅
連棟で遺り両世帯とも原型を残し現代風に改修されています。
右側の世帯は正面に2階建の増築があり残念ながら見通せません。
左側の世帯裏にある小型の建物が厠です。
14 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

15 工員住宅
全体的に大きく改修されています。
住人の方に取材、この地区の歴史を色々と教えて頂きました。
15 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

16 工員住宅
玄関周りが改修されていますが原型が良く残ります。
16 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

17 工員住宅
正面に囲いが増築されていますが、6と並びほぼ当時のまま遺ります。
17 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

18 工員住宅
左側に増築がありますが、住宅本体はほぼ当時のまま遺ります。
18 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

19 工員住宅
右側の世帯は隣家退去の際に隣家を購入、2世帯分を1世帯にしているため左側と併せ3戸連棟で遺ります。
かなり改修されており一見遺構と分かりません。
19 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

20 工員住宅
右側の炊事場がやや増築(手前に張出している)されている以外はほぼ当時のまま遺ります。
20 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

21 工員住宅
こちらも隣家退去の際に隣家を購入、2世帯分を1世帯にしているため2戸連棟で遺りますが、大改装されており原型が殆どありません。
21 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

22 工員住宅
炊事場側はほぼ原型を留めますが、座敷側が2階建に改築されています。
22 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

23 工員住宅
車庫に改築され躯体しか遺りません。
23 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

24 工員住宅
外観が工員住宅と異なるため元々の地権者が陸軍省に借り上げられる前に建てた住宅の様です。
24 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

25 工員住宅
左側が切断されていますが、この地区に唯一遺る2階建の住宅です。
25 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

26 工員住宅
上記住宅群と少し離れた位置にあり、右側は切断されていますが3戸連棟で遺ります。
ほぼ当時のまま遺ります。
26 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)

ア 上制水辯 石標
住宅地に入る上水道の開閉弁を示す石標です。
ア 上制水辯 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)


主要参考文献
『枚方市史 第4巻』(昭和55年 枚方市史編纂委員会)

『枚方製造所全圖』(昭和17年 陸軍兵器行政本部)
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Author:盡忠報國
明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった精強帝國陸海軍、命をかけて国や家族を護ろうとした先人達に思いを馳せるとともに、祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の遺徳に触れ感謝すべく探索・訪問した軍事遺構、護國神社、資料館を紹介、併せて遺構の歴史、地域との関わり、関連部隊などの調査、研究成果を発表しています。

遺構は飽くまで「物」であり、そこに関わった「人」の存在、歴史を理解してこそ遺構の調査、研究は成立すると考えます。
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