当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

「天地人」第5回「信長は鬼か」

今回は天正3(1575)年~4年の描写です。

直江兼続が歴史に登場するのは天正6(1578)年の「御館の乱」からなので、今回も架空の話です。

兼続が信長への「洛中洛外図屏風」の返礼の使者にまぎれて岐阜城に赴きます(兼続と信長とは生涯会っていないでしょう)。
信長に会い、「義」をめぐり論戦を行った結果危険視され消されそうになるも、石田佐吉(のちの三成)に助けられました。ここで佐吉との接点を持たせ、のちの関ヶ原合戦への複線と繋げる演出のようです。

あと、お船の縁組が決まったようです。
お船は兼続に嫁ぐ前に長尾藤九郎景孝(上野国 惣社長尾顕景(景定)の子(憲景の兄)に嫁ぎます。のちに直江家の家督を継ぎ「信綱」と称します。
景孝は武田信玄の東上野侵攻により、謙信の撤退勧告を受けて父・顕景とともに越後に亡命しました。

今回はやたらと「義」についての会話が多かったように思います。
コーエーの「国盗り頭脳バトル」の「上杉謙信」のシナリオを思い出してしまいました
かなり無理のある展開でしたが・・・

謙信のいう「義」は旧来の幕府権力の復権だったような気がするのですが?
関連記事








最後までお読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
↓↓↓
宜しかったらクリックお願いします


人気ブログランキングへ

コメントの投稿

非公開コメント

戦史検定を受けよう!
当ブログは
「戦史検定」を応援します
戦史検定
カテゴリ
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
カウンター
最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
御英霊の鎮まる処
殉国の御英霊に
感謝の誠を捧げましょう
靖國神社
兵庫縣神戸護國神社
大阪護国神社
プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

拙ブログを参照した際はリンクを張って頂けたら嬉しいです
(^o^)
--------------
※掲載写真・資料の
無断転載は禁止します。


●Facebookやってますので本名ご存知の方はぜひ。
目印は水木しげる先生風の自画像です(笑)

検索フォーム
リンク
地図・史資料
埼玉西武ライオンズ
埼玉西武ライオンズ
ライオンズニュース
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる