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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

天地人 第14回「黄金の盟約」

遅くなりましたが、先週分です。
今回は前回に引き続き武田勝頼が出陣した天正6(1578)年5月29日頃から、勝頼が同盟締結を受け入れた6月12日の話です。





御館の乱にとって、また景勝、景虎双方にとって大きな転換点になる出来事ですが、これと言って書くこともありません。
勝頼との同盟締結の発案が直江兼続であったこと自体が創作ですから、同盟の使者に赴いたりするのも創作です。史実では千坂景親が赴いています。
ただ兼続が主人公のドラマですから、ここで唐突に景親を出すよりは許容範囲の演出だと思います。

それよりも景勝配下の諸将が武田と同盟を結ぶにあたり、異口同音に「宿敵武田と同盟を結ぶのに反対」や「金を同盟交渉に持ち出すのに反対」、それなら潔く討ち死にするほうが良いとか言っていましたが、それってどうなんですか?
武将にとって家名を残すことが最も大事な事であり、武士=清廉潔白は江戸時代の封建体制確立からです。あらゆる生き残りの手段を講じての討ち死にならともかく、持ちうる手札を残したまま軽々しく討ち死にはないでしょう・・・
それなら何故、乱の初期に金蔵を押さえたのですか?こう言う時のためではないでしょうか?

唯一お船だけが、金で武田と同盟を結ぶのに賛成していましたが、彼女が一番戦国時代の感覚を持っていました。

さて、御館の乱もいよいよ佳境に入ってきましたが、このまま単なる家督争いで終わってしまうのでしょうか・・・
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プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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