当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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徳島縣護國神社

徳島県徳島市に徳島縣護國神社が鎮座しています。
徳島縣護國神社 全景(徳島)
▲徳島縣護國神社 全景

【参拝日】
平成22年2月25日






徳島縣護國神社は多々良川と勝浦川の合流点に鎮座、明治戊辰の役以降の事変、戦争等の国難に殉じられた徳島県出身の英霊34,366柱、双相殿に徳島県出身の殉職自衛官の御霊24柱がお祀りされています。

当護國神社は道路を挟んだ南側に大きな駐車場を完備、参拝しやすい環境が整えられています。
徳島縣護國神社 拝殿(徳島)
▲拝殿

拝殿内には大東亜戦争停戦に伴い、昭和20(1945)年8月18日、高知県仁井田実盛塚において奉焼された歩兵第四十三聯隊の軍旗の一部が展示されています。
徳島縣護國神社 歩兵第四十三聯隊 軍旗の一部(徳島)
▲軍旗の一部

まずは友人と拝殿で参拝を済ませ、境内に並ぶ碑を見学します。
比島戦没者の碑
徳島縣護國神社 比島戦没者の碑(徳島)
▲昭和54年1月、徳島県遺族会青年部によりフィリピン共和国マニラ市アンチポロの丘陵地に建立されましたが、建立場所が市街地化し慰霊環境が悪化したため平成16年、移設されました。

歩兵第六十二聯隊第二大隊 戦友の碑
徳島縣護國神社 歩兵第六十二聯隊第二大隊 戦友の碑(徳島)
▲昭和57年4月29日、歩兵第六十二聯隊第二大隊有志により建立

歩兵第四十三聯隊戦没者慰霊碑
徳島縣護國神社 歩兵第四十三聯隊戦没者慰霊碑(徳島)
▲昭和51年8月21日、歩兵第四十三聯隊戦友会により建立

徳島船砲会 慰霊碑
徳島縣護國神社 徳島船砲会 慰霊碑(徳島)
▲昭和58年3月20日、徳島船砲会により建立

陸軍少年飛行兵 若鷲の碑
徳島縣護國神社 若鷲の碑(徳島)
▲昭和54年10月、徳島県少飛会により建立

ソロモン群島戦没者慰霊碑
徳島縣護國神社 ソロモン群島戦没者慰霊碑(徳島)
▲昭和58年11月、徳島県ソロモン・ブーゲンビル会により建立

徳島市傷痍軍人会、仝妻之会 慰霊碑
徳島縣護國神社 徳島傷痍軍人会、全妻之会 慰霊碑(徳島)
▲昭和53年5月、徳島市傷痍軍人会、仝妻之会により建立

硫黄島戦没者慰霊碑
徳島縣護國神社 硫黄島戦没者慰霊碑(徳島)
▲昭和52年3月14日、徳島県防衛協会により建立

軍馬之碑
関東軍防疫給水部孫呉支部戦友会
桜飛会戦没者慰霊碑

徳島縣護國神社 軍馬之碑、関東軍防疫給水部孫呉支部戦友会、桜飛会戦没者慰霊碑(徳島)
▲関東軍防疫給水部孫呉支部戦友会碑は滿洲第七三一部隊六七三部隊により、桜飛会戦没者慰霊碑は平成16年10月、桜飛会徳島支部、同期生、遺族により建立

海軍戦没者慰霊碑
徳島縣護國神社 海軍戦没者慰霊碑(徳島)
▲平成7年9月、徳島県海交会により建立

海軍甲種飛行予科練習生 殉国若鷲慰霊之碑
徳島縣護國神社 海軍甲種飛行予科練習生 殉国若鷲慰霊之碑(徳島)
▲平成18年10月、徳島甲飛会により建立

訪問時は残念ながら遺品館のような施設はありませんでしたが、平成26(2014)年10月5日、徳島県戦没者記念館が開館しました。


徳島縣護國神社 (徳島県雑賀町21-2 088-669-3090)
【徳島縣護國神社 公式サイト】
明治10(1877)年10月27日、眉山東麓の國瑞彦神社において明治戊辰の役に殉じた英霊の臨時招魂祭が斎行されます。

明治12(1879)年9月、英霊の恒久的奉斎のため、眉山公園に招魂碑(現、神武天皇尊像がある場所)が建立されます。

明治39(1906)年4月、招魂碑は徳島公園(現、徳島中央公園)内の徳島城本丸跡に遷座移転され、昭和13(1938)年11月、社殿が整備され徳島縣招魂社が創建されます。

昭和14(1939)年3月15日、内務省令第十三號『招魂社ハ之ヲ護國神社ト改稱ス』発令により、4月1日、徳島縣護國神社と改称しました。

昭和20(1945)年7月4日、徳島大空襲において社殿、社務所等が全焼失してしまいます。

昭和27(1952)年4月28日、サンフランシスコ講和会議発効により我が国は主権を回復、昭和28(1953)年4月、徳島縣護國神社復興奉賛会が結成され、昭和33(1958)年4月、官民一体、県民挙げての奉賛により徳島縣護國神社は再興、遷座祭が斎行されます。
昭和35(1960)年11月2日、合祀概了奉告臨時大祭が斎行されます。

昭和53(1978)年5月、御創社百周年記念として境内整備事業が完工、昭和63(1988)年4月、ご再建三十周年記念行事として社殿の銅板葺替え工事が行われました。

昭和63(1988)年4月、御再建三十周年記念臨時大祭が斎行され、社殿屋根銅板葺替工事記念事業が竣工します。

しかし、徳島城阯は徳島市からの借地であり、且つ史跡文化財保護区のため自動車道等の整備開発が制限され、祭祀の厳修と参拝者の便宜を図るべく移転用地を模索していたところ、平成12(2000)年6月、徳島市雑賀町の篤志家・川邊阿佐惠氏より転用地2,730坪が寄進されます。

平成13(2001)年6月、徳島縣護國神社建設奉賛会が結成され、平成14(2002)年7月18日、徳島中央公園城山山頂より現社地への仮殿遷座祭が斎行されます。

平成15(2003)年9月24日、本殿、社務所、参集殿の新築、拝殿、手水舎、慰霊碑及び境内諸施設の移設等が竣工、正遷座祭が、28日 竣工奉告祭が斎行されます。

平成26(2014)年10月5日、英霊の御遺品、御遺影等展示、英霊の遺徳を顕彰する徳島県戦没者記念館が開館、現在に至ります。


主要参考文献
『徳島縣護國神社 略記』 (徳島縣護國神社 社務所)

徳島縣護國神社 公式サイト
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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