当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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最強武将伝 三国演義 第4話「悲しき策略」

今回は長安に遷都する董卓を曹操が追撃、失敗から、董卓暗殺「美女連環の計」開始(『演義』第6回途中~第8回途中)と曹操が青州兵を配下に加える、曹操の父・曹嵩が陶謙の部下・張闓に殺される(ともに第10回)までです。







単独で董卓を追撃した曹操であったが、呂布軍に返り討ちにされてしまった。長安に都を移し、権力を磐石のものとした董卓は、宴会の席で討伐軍の投降兵を虐殺し、自分の陰口を叩いた者を報告しなかったとして張温将軍をも処刑してしまった。その張温の処刑を悲しんだ義兄弟の李粛に目をつけた王允。王允は董卓排除の計画に李粛を引き込み、董卓が支配する関所を潜り抜け、曹操へ董卓討伐の密書を届けさせた。
密書を受け取った曹操だが、董卓の兵力が増大している今、出兵するのは得策でないとし、王允の計画は徒労に終わった。
落胆する王允に対し、李粛はある計画を持ち出す。それは、美貌と知性を兼ね備えた貂蝉を利用し、董卓と呂布の仲違いを謀るというもの。王允は苦悩した上、貂蝉に話を持ちかける。貂蝉は実父ではない王允の今までの恩に応えようと了承した。
仲違いの計画であるとは露知らず、呂布は王允により貂蝉に引き合わされ、たちまち恋に落ちる。王允からの縁談も快諾してしまった。
王允は曹操に対し呂布を董卓から引き離す計画があり、その間に董卓を討伐して欲しいと告げた。その頃、親族が董卓配下の陶謙によって皆殺しにあっていた曹操は、陶謙に復讐することを第一とし、董卓征伐へは僅かな兵を送ることにした。
曹操の挙兵を知った董卓は、呂布に曹操討伐の命令を下す。呂布は王允に対し、帰ってきた暁には貂蝉との婚儀をと約束し、戦場へと向かって行くのであった。


『演義』では今後の展開上、かなり重要な出来事が頻発する回でしたが、アニメではほとんどは省略され、「連環の計」のみが重点的に語られました
この間の重要事項とアニメの描かれ方を羅列すると
>単独で董卓を追撃した曹操であったが、呂布軍に返り討ちにされてしまった
・曹操、董卓を追撃するも李儒に見破られ滎陽で呂布、徐栄に敗れる(滎陽の戦い)。
曹操陣営の主だった武官が初活躍し、曹洪は追い詰められた曹操を身を挺し助ける大活躍をする。
→公孫瓚の幕舎に使者の戦況報告のみ。

・孫堅、洛陽の井戸で伝国の玉璽を発見し隠蔽、袁紹に咎められ江東に引き払う。
→描かれず。

・反董卓連合軍、それぞれの野心が交錯し崩壊。
→描かれず。
反董卓連合軍の崩壊は前回の主題と対になる話だけに、公孫瓚のセリフでもナレだけでも良かったので説明する必要があったと思います。
視聴者にしたら「連合軍はどうなった?」と混乱してしまいます。

・劉岱、兵糧借用を断った喬瑁を殺害し勢力を拡大。
→描かれず。
この辺はそれほど重要でも無い話ですし、省略も妥当と思います。

・袁紹の密書を受けた劉表が江東に帰還途上の孫堅を襲撃。

→描かれず。

・袁紹、冀州の割譲を公孫瓚と共謀し韓馥を欺き冀州を奪い、冀州の割譲を申し立てる公孫瓚と戦う(盤河の戦い)。
→描かれず。
劉備、関羽、張飛の加勢により公孫瓚が勝利し、公孫瓚軍に加わった趙雲の初登場の非常に重要な場面ですので省略は無いと思うのですが、後日描かれるのでしょうか?
この「盤河の戦い」は董卓の斡旋により勅命が発せられ和議となりますが、来週には董卓が殺されるので話自体が省略される可能性が高いです。
次に趙雲が現れるのは曹操に一時降っていた関羽が劉備と再開する際の周倉とのイザコザの場面ですが、面識のある趙雲との再開をどう描くのでしょう?

・冀州を手に入れた袁紹に馬千頭を、劉表に兵糧を要求した袁術が両人に断られた腹いせに「江東に帰還途上の孫堅を劉表に襲わせたのは袁紹の差金」と言うことを暴露、劉表に復讐を考えていた孫堅が劉表と戦い蒯良の計にかかり敗死。
→描かれず。
一連の孫堅の動きは全体の流れの中では重要ども低く大抵は省略されるところですが、「玉璽」「孫家と劉表との確執」と後の孫策の活躍につながる重要な出来事だけに省略には残念な話です。
孫家ファンには捨てがたい場面ですが、1話使って孫家の興亡をやるには厳しいような気がし、孫策の登場、もしくは孫権の登場時にナレだけで終わらせるような気がしますが、どうなんでしょう。

さて、『演義』では上記の出来事の後に今回のアニメの場面が来ます。
>権力を磐石のものとした董卓は、宴会の席で討伐軍の投降兵を虐殺し、自分の陰口を叩いた者を報告しなかったとして張温将軍をも処刑してしまった。
アニメでは説明が無いので時期が不明(長安遷都の途中に見えます)ですが、屋外での宴席の場面で始まります。
これは遷都の完了した董卓が長安郊外の郿に築城、月一で長安に出向く際に城外で宴席を設けた場面です。
投降してきた兵を董卓が惨殺します。アニメでは3人でしたが、実際は数百人という表現です。
朝のアニメにも関わらず処刑の仕方は「両腕切断、目をえぐり出す」という『演義』の記述とほぼ同じです
続いて張温が「董卓の陰口を報告しなかった」と言うことで董卓の命で処刑されます。
実際は別の日の宴席で入ってきた呂布の報告を受けた董卓の命で呂布に殺されます。
理由は「袁術と内応」です。
ちなみに張温は「将軍」ではなく「司空」です(『正史』では車騎将軍などにもなっているのであながち間違いではありませんが・・・)。

王允への使者の報告に「曹操が黄巾の残党を討伐、配下に加えた」と出てきます。
これは青州兵のことですが、時期は董卓が呂布に殺された西暦192年3月の事で、朱儁の提案を受けた李傕の命で討伐しているのでこの時期ではありません。
曹操が勢力を回復した事を表現したようです。

>王允は董卓排除の計画に李粛を引き込み、董卓が支配する関所を潜り抜け、曹操へ董卓討伐の密書を届けさせた。
相変わらず王允が、曹操に董卓を攻撃させる策を模索していますが、この策は完全に創作です。
王允の密書を受けたものの郭嘉の「出兵は無駄である」との助言を受けた曹操が曖昧な返事をしますが、当然創作です。

>張温の処刑を悲しんだ義兄弟の李粛
王允が李粛を仲間に引き入れます。
李粛と張温が義兄弟の設定になっていましたが、創作です。

李粛は『演義』では多少知恵は回るものの目先の利益に左右されるようなザコ扱いですが、このアニメでは『三国志平話』の影響(詳細は省きますが、呂布と並ぶ勇将として描かれる)が大きいのか、絵柄も男前でなかなかの智将ぶり?です。
(『演義』のイメージ的には李儒の絵柄がピッタリですがw)

>王允に対し、李粛はある計画を持ち出す
「美女連環の計」を李粛が発案し、王允に提案します。
『演義』では王允が発案し、貂蝉に依頼します。
王允と貂蝉はアニメでは親子同然の間柄に描かれていますが、『演義』では主人と侍女というドライな関係で描かれています。
>王允は苦悩した上、貂蝉に話を持ちかける。貂蝉は実父ではない王允の今までの恩に応えようと了承した。
ただ、内面的な心情はアニメ同様です。

>仲違いの計画であるとは露知らず、呂布は王允により貂蝉に引き合わされ・・・
その後の流れはおおよそ『演義』の流れと同様です。
王允の屋敷を訪れた呂布が貂蝉を見初、王允が貂蝉を呂布に嫁にと勧めます。
貂蝉の年齢がアニメでは18歳となっていましたが、『演義』では16歳です。
さすがに未成年ではまずいという配慮でしょう。

>親族が董卓配下の陶謙によって皆殺しにあっていた曹操
場面変わって、曹操の父・曹嵩がが陶謙の部下(張闓)に殺されるという報告を受けた曹操が激怒しているところに再び王允からの密書で出兵が催促されます。
が郭嘉の助言で、夏侯淵に形だけ兵を出させます。
曹嵩が殺害されたのは193年秋なので約1年後で、時期が合いません。
(郭嘉の他に白髪白髭の文官が1名出てきますが、程でしょうか?)

>董卓征伐へは僅かな兵を送ることにした。
>曹操の挙兵を知った董卓は、呂布に曹操討伐の命令を下す。
当然、曹操の董卓討伐軍は創作です。
この曹操の挙兵に対し董卓は呂布を差し向けますが、これまた創作です。

ふと気付いたのですが、このアニメの曹操はかなり身長が大きく描かれています
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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