当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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最強武将伝 三国演義 第6話「曹操の野望」

今回は董卓横死直後から、曹操が徐州に攻め込み劉備が和議を提案するところ(『演義』第9回途中~第11回途中)までです。





 貂蝉を失った呂布は蛻の殻となってしまった。
 董卓を失った長安の都は混乱を招いており、董卓派残党の李傕と郭が反乱を起こしていた。王允は反乱軍から逃げもせず、董卓は逆賊であったという己の信念を貫き、自殺を遂げたのであった。
 
 その頃、一族の報復をするため、陶謙がいる徐州を攻めている曹操の下に珍客が訪れた。かつて、董卓に追われている際に助けられた陳宮である。陳宮は曹操に陶謙の無実を説くが曹操は聞き入れない。彼の本当の狙いは徐州攻略であったからだ。
 曹操の前から去った陳宮は呂布の下に向かい、呂布の再起を説く。ここでようやく貂蝉からの呪縛を逃れ、豪傑呂布が復活した。
 
 一方、孔融より陶謙救出を依頼された劉備は、公孫瓚に3千の兵と趙雲を借り受け徐州に現れた。城郭を包囲する曹操軍に対し、劉備自ら先陣を切って陶謙の下に食料を運び込み、陶謙と共に曹操への対策を練る。
 劉備からの休戦の申し入れの書状を読むが、曹操の野望は消えぬ。虎視眈々と徐州を狙う曹操へ、火急の知らせが届く。
 それは、曹操軍の後方、兗州が呂布と陳宮によって攻め落とされたという知らせだった。


今回はかなりの省略がありましたが、おおよそ『演義』の内容に沿ったもので、各陣営の武将が多く登場しました

>貂蝉を失った呂布は蛻の殻となってしまった。
実際には貂蝉を手元に置いており、西涼で再帰した李傕、郭らの軍勢と長安で戦います。

>長安は混乱、董卓残党の李傕と郭が反乱を起こしていた。
アニメでは李傕、郭のみの登場で樊稠と張済は省略されていました。
また、西涼軍は何事も無く長安にたどり着いていましたが、実際には迎撃に来た呂布と長安城外で戦闘になります。
この際、呂布側からはアニメでは「憂国の士」として描かれ大活躍?の李粛が、李傕側からは牛輔が出て戦い、李粛は夜襲を受け大敗し、怒った呂布に斬首されてしまいます。
あれだけ出てきた李粛がいきなり話から消えてしまうのも不自然です適当に討死させておいた方が良かったように思いますが・・・

その後、献帝を脅し官職を手に入れ、国を私する李傕一党に対し、密勅を受けた西涼太守の馬騰が韓遂とともに長安に進軍、馬超が初登場しますが敢え無く省略されていました。
進軍するものの兵糧が尽きて撤退するので省略も仕方ないでしょう。

少し登場が早いですが、張遼が出てきました。精悍な顔立ちに描かれており李傕や郭のザコぶりとは一線を画してありましたw

>一族の報復をするため、陶謙がいる徐州を攻めている曹操
本来であればここに「第4回」で放送された曹操が青州兵を配下に収め、陶謙配下の張闓により曹操の父・曹崇が殺害される下りが入ります。

李傕、郭らが長安に入り朝廷を掌握したとの知らせを受けた曹操と程が話す場面がありましたが、程は徐州攻略に従軍しておらず荀とともに鄄城・范県・東阿の守備に着いています。

>陳宮は呂布の下に向かい、呂布の再起を説く。
>曹操軍の後方、兗州が呂布によって攻め落とされたという知らせだった
曹操説得に失敗した陳宮はその後張邈を頼り、李傕らに敗れた呂布は袁術を頼るも拒絶され袁紹、次いで張楊そして張邈を頼ります。
ここで陳宮の「曹操の留守のスキに兗州を盗れ」との進言を受けた張邈により呂布が出陣し、鄄城・范県・東阿を除く兗州を占領します。
この張邈は『演義』ではかなりのザコ扱いですが、『正史』では頭脳明晰、勇猛果敢で曹操や袁紹と並ぶ武将で、曹操からも頼られる存在でした。

>孔融より陶謙救出を依頼された劉備
アニメではかなり省略されましたが、順を追っていくと
陶謙の本拠・徐州が曹操に攻め込まれる

陶謙、曹操に降伏を申し入れようとする

陶謙、糜竺の「妙計(援軍要請)があります」の進言を受けて篭城を決意

糜竺が隣国の北海郡の孔融に、陳登が青州の田楷に援軍を求めに出立

孔融、援軍要請を快諾するも出陣間際に黄巾残党の管亥に北海城を包囲される

孔融、配下の宋宝を迎撃に出すも管亥に討ち取られる

孔融の世話になっていた太史慈の母親の要請で太史慈が孔融に加勢

孔融、太史慈を使者に平原の県令・劉備に援軍要請

劉備、快諾し兵3000を率いて出陣し、関羽が管亥を討ち取り包囲を解く

北海城に入城した劉備、糜竺から陶謙の窮状を聞き公孫瓚に兵を借り援軍に向かうことを快諾

孔融、徐州に先発、太史慈は孔融の元を辞しかねてから誘いを受けていた劉繇の下に向かう

劉備、公孫瓚に兵2000と趙雲を借りるアニメはここから(アニメでは兵3000となっていました)
趙雲は公孫瓚が袁紹と戦った「盤河の戦い」が初登場ですが、アニメでは省略されたため今回が初登場です。
劉備がいきなり趙雲の名前を知り合いのごとく出したのが不自然でしたが・・・

>公孫瓚に兵と趙雲を借り受け徐州に現れた
すでに先発している孔融と同じく援軍要請を受けた田楷がすでに布陣(曹操を警戒して徐州城から、かなり離れたところ)してますが、アニメでは孔融、田楷ともに省略されています

包囲されている徐州城内で陶謙の子供(陶商か陶応)が出てきます。
のちに陶謙が劉備に徐州を譲る際の理由として「自分の2人の子どもが凡庸」と言っていますが、アニメの子供は幼すぎて凡庸かどうか分からないような気がするのですが?
また陶謙の死亡時の年齢は『正史』では63歳となっており、アニメの子供(10歳前後)では幼すぎるように思います。

>劉備自ら先陣を切って食料を運び込み、陶謙と共に曹操への対策を練る。
劉備が徐州城に突入する際に劉備と趙雲が先鋒、関羽と張飛に後詰を指示しますが、実際は劉備と張飛が突入し、関羽と趙雲を孔融の元に残します。
途中、曹操軍の于禁と趙雲が一騎打ちを行いますが、于禁と一騎打ちを行うのは張飛です。
初登場の趙雲に何の見せ場も無いのでは寂しいので、敢えて脚色したようです。
またアニメでは「兵糧輸送」となっていましたが、実際は陶謙と軍議を開くためです。

その後の陶謙が劉備に徐州を譲ろうとする場面、曹操への和議の勧めは『演義』同様でした。

今回は典韋も初登場でしたが、丸坊主の大男でした
なかなか不敵で良いと思います
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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