当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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最強武将伝 三国演義 第9話「宛城の戦い」

今回は呂布が劉備と袁術(紀霊)の戦いを仲裁する「轅門に戟を射る」から、曹操・劉備連合軍による呂布討伐戦開始まで(『演義』第16回途中~第19回途中)までです。





呂布は見事方天画戟に矢を命中させ袁術軍と劉備の和解を成立させた。

計画が失敗に終わった曹操は、宛城と新たな人材賈詡を手に入れ、勢力の増大を計った。
宛城まで攻め懸けると城主の張繍からの降伏の使者として賈詡が現れた。
賈詡を味方に取り入れようと説くが、賈詡は張繍の恩義を捨て切れず曹操は断念する。

宛城を手に入れた曹操は、張繍の美しい叔母を自分の元に連れてきてしまった。
それに怒りを覚えた張繍は賈詡と謀り、曹操軍を追い散らした。
曹操はこの反乱で、勇猛な典韋と長男の曹昂を失ってしまう。

また、小沛に身を寄せている劉備は、呂布から攻められることとなった。
原因は、張飛が呂布の馬を奪ったことだ。
劉備は仕方なく、小沛を離れ、またも孤立してしまった。
行く先のない劉備は、曹操の下に身を寄せる決意をする。

張繍に敗北した自軍を立て直した曹操は、劉備を快く受け入れ、張繍を攻撃する間の後詰とした。
しかし、曹操の留守を狙い、呂布が攻めかけてくる。
劉備は後詰として必死に持ちこたえた。
張繍を討伐し終えた曹操は、劉備と力を合わせて呂布を成敗することとなる。
大軍を相手に息をまく呂布は自ら出陣し、徐州を陳珪に任せることとした。
しかし、陳珪・陳登親子は不穏な動きを見せるのであった。


>呂布は見事方天画戟に矢を命中させ袁術軍と劉備の和解を成立させた。
アニメでは呂布が渋る紀霊を恫喝して和睦していましたが、『演義』では呂布が袁術宛の書状を書いて渡します。
その書状を読んで激昂した袁術は呂布を討伐しようとしますが、紀霊の説得を受け呂布の娘を自分の息子(『正史』に見える袁燿か?)の嫁に迎えようとし、呂布も承諾しますが、劉備に心を寄せる陳珪の策謀で破談になります。
この呂・袁両家の婚姻話は省略されていました。

>曹操は、宛城と新たな人材賈詡を手に入れ、勢力の増大を計った。
続いて本来であれば、今回の後半に語られる張飛が呂布の馬を奪ったがため劉備が呂布に攻撃、撃破され、劉備が曹操を頼る件が出てきます。
その後、曹操が呂布攻略を決意したところ、張繡が劉表と結び献帝を奪取せんと許都を狙っているとの報に接し張繡攻略に転換します。
アニメでは曹操と郭嘉が釣りをしながら、張繡配下の名参謀・賈詡を配下に加えんがため宛城に攻め込む事を決意しますが、全くの創作です。

>宛城まで攻め懸けると城主の張繍からの降伏の使者として賈詡が現れた。
また、郭嘉と曹操の会話、降伏の使者として現れた賈詡と曹操との会話の中で賈詡の略歴が語られます。
董卓との縁が深かった為に諸侯に疎まれていたところを張繡だけが受け入れた、となっていました。
このアニメでは張繡の叔父・張済が董卓配下であった事(というより登場しない)が語られていないので、賈詡が残党の一人である張済、張繡に仕えていると言う自然な流れが描けず苦しい解釈になっています。

張済は関中から出撃し、南陽を攻撃しますが流れ矢に当たり戦死します。
アニメでは死亡したのは語られますが、死因は不明でした。
張繡が張済の霊前で賈詡と自分の志について熱く語っていましたが、『演義』では張繡のセリフはほとんど無く人物像がイマイチ分かりません。

>宛城を手に入れた曹操は、張繍の美しい叔母を自分の元に連れてきてしまった。
アニメでは曹操が事前に知っていた鄒氏を典韋に連れてこさせますが、『演義』では曹安民(曹操の甥:兄の子)が紹介し連れてきます。
そのことを胡車児が張繡に告げていましたが、『演義』では単に「家人」とだけあります。
この辺はハッキリ言ってどうでも良いでしょう。
胡車児は異人ですが、アニメではそれっぽく描かれていました。

>曹操はこの反乱で、勇猛な典韋と長男の曹昂を失ってしまう。
典韋の最期は我が国では「弁慶の立ち往生」になぞらえて描かれることが多いですが、アニメではほぼ『演義』の記述通りの最期でした。
ただ、声優がヘタなのか、台本がそうなのか分かりませんが典韋が一昔前の香港映画に出てくるカンフーのような掛け声を出していました
また、死ぬ間際に目が青く光るのは・・・
良い場面だったのに、白けてしまいました
この戦いで曹安民も戦死します。
当然アニメでは省略されています。

この戦いに敗れた曹操は許都に撤退します。

『演義』ではこの戦いの最中に略奪を働く夏侯惇配下の青州兵を于禁が討伐して謀反の疑いを掛けられる中、陣を築いて曹操を迎え入れ、その対応を曹操に激賞されますが省略されていました。
曹操配下の武官は今のところ典韋と于禁しか出てきていないので描かれても良いと思うのですが、本筋と関係ないので省略も已む無しでしょう。

>小沛に身を寄せている劉備は、呂布から攻められることとなった。
>行く先のない劉備は、曹操の下に身を寄せる決意をする。
話が前後しますが、ここで馬泥棒の話を繋げてきました
劉備が関羽と曹操を破ったのは賈詡で、自分たちの陣営に優秀な軍師が必要であると話しています。
劉備陣営の軍師不在の話が出てくるのは遙か後の第35回で蔡瑁に追われた劉備が司馬徽と語らう場面です。

>張飛が呂布の馬を奪った
高順が買い付けた馬100頭を張飛が奪い、高順が重傷を負ったことが張遼から呂布に伝えられます。
かなり謎な改変です
『演義』では馬300頭中150頭を、宋憲と魏続が張飛に奪われます。
宋憲と魏続は最終的に曹操に寝返り、呂布の最期の場面では重要な役割を果すので今後の登場が容易に予測できます。
一方の高順は張遼と並ぶ呂布配下の名将ですが、今までの登場も無く今後の登場も微妙なので敢えてココで名前を出した意味が分かりません
セリフの中だけの登場であれば、原作通り宋憲と魏続、もしくはどちらか一人で充分だと思うのですが?

曹操の下に身を寄せる決断を劉備自らがしていましたが、『演義』では孫乾の進言です。

>張繍に敗北した自軍を立て直した曹操は、劉備を快く受け入れ、張繍を攻撃する間の後詰とした。
劉備を受け入れるか曹操が郭嘉と程に謀っていました。
アニメでは程が災になるので殺すように、郭嘉が受け入れるように進言します。
『演義』では最初に荀が殺すように、郭嘉が受け入れるように、さらに程が殺すように進言します。
初期の曹操の幕僚として『演義』では郭嘉とならび登場回数の多い荀ですが、このアニメではまだ登場しません

本来ならばココで今回の前半「宛城攻略」が出てきます。

アニメでは曹操が劉備を張繡攻略の留守居として豫州の守備を任せていましたが、『演義』では豫州の牧に推挙されます。

ただ、アニメでは以下の場面がゴッソリ省略されています。
『演義』ではまず袁術が皇帝を詐称し、呂布の娘との婚姻破談に怒り呂布を討伐すべく進軍します。
しかし、陳登の計略で袁術軍の韓暹と楊奉が寝返り、さらに呂布に劉備の援軍も加わり袁術は大敗します。

兵糧に窮した袁術軍が略奪に出て手薄になったところを、曹操は劉備と呂布を従えて攻撃し袁術の本拠・寿春を攻略、袁術は淮水を越えて逃走します。

と、ここで張繡が劉表と結託して再び勢力を盛り返し、南陽、江凌が取り返された、との報を受けた曹操は許都に帰還します。
この際、劉備を再び小沛に配置し、陳珪、陳登と示し合わせ呂布に警戒するよう指示します。

張繡の籠る南陽城を攻撃する曹操ですが、またもや賈詡の計略に敗れ、さらに袁紹が許都を狙っているとの報を受け退却します。
張繡の追撃を一旦は撃破した曹操ですが、賈詡の進言を受けた張繡の追撃を受け損害を出します。

許都に帰ると袁紹は変心し、公孫瓚を攻めるのに物資援助を曹操に申し入れてきます。
袁紹を討伐したい曹操ですが、軍勢が少なく郭嘉の進言を受けて袁紹が公孫瓚を討伐に行っている間に自身は劉備と共に呂布の討伐に乗り出します。

一方、陳珪、陳登親子が曹操に通じているのを疑う陳宮の進言を聞き入れない呂布、鬱々としている陳宮が狩りに出たところ劉備から曹操への呂布討伐の要請を持った密使を捕らえます。
(ここまで省略)

大幅に省略されましたが、なんとなく上手に話が繋がっています
ただ中抜きされたため劉備の位置関係、曹操が張繡に再度敗れたこと、劉備を追い出した呂布と劉備、曹操が実は連合して袁術に当たっている事などは語られていません。
そもそも袁術の存在が空気のようです

>しかし、曹操の留守を狙い、呂布が攻めかけてくる。
>劉備は後詰として必死に持ちこたえた。
呂布が劉備を攻めたのはアニメのように曹操が留守になったからではなく、曹操と劉備が同盟して自身を討伐しようとしているのを知ったからです。

張繡討伐中の曹操は劉備の援軍要請を断っていましたが、実際は曹操はこの時点で張繡討伐に出ておらず、荀攸、郭嘉の進言を受け速やかに夏侯惇、夏侯淵、李典、呂虔を援軍に送ります。

しかし、夏侯惇が曹性に左目を射抜かれ、高順に敗れたため小沛は落城し劉備は曹操の元に逃れます。
夏侯惇は今後アニメに登場予定ですが、最初から左目の無い状態で出てくるのでしょうか?

>張繍を討伐し終えた曹操は、劉備と力を合わせて呂布を成敗することとなる。
中抜き、省略した部分をナレで上手く繋ぎあわせて、何となくつじつまを合わせていました。
張繡征伐と呂布の進撃の時系列が合っていないので、劉備の所在地が不自然で、『演義』の内容を知っていると何かしっくり来ない反面、ゴッソリ中抜きした割には上手く繋いだと感心します

>大軍を相手に息をまく呂布は自ら出陣し、徐州を陳珪に任せることとした。
ここでようやく陳珪、陳登が登場しますが、なかなかの悪人面に描かれていますw

陳宮が陳珪と陳登を信用しないように進言するも、呂布に退けられる。
陳登が呂布と陳宮を同士討ちさせる計略は『演義』の通りです。

今回は袁術の皇帝僭称という、有名な説話が省略されていました
袁術は『演義』の小物の代表格ですが、反董卓連合軍の時から省略されており、最も重要な位置を占めた今回でさえ省略されているので、今後もナレのみで登場しない可能性が高いと思われます。
劉備と曹操には直接関係ないものの、『演義』では重要な人物なのでせめて1回は出して欲しかったところです。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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