当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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小惑星探査機「はやぶさ」地球に帰還

平成15(2003)年5月9日に地球から約3億kmも離れた小惑星「イトカワ」に向け出発した小惑星探査機「はやぶさ」が数々のミッションを成し遂げて昨日地球に帰還しました




お帰り「はやぶさ」大きな財産 幕開け「大航海時代」 2010.6.14 10:02



 はやぶさの壮大な旅がついに終わった。上空で機体は燃え尽き、小惑星「イトカワ」での土壌サンプル採取の成否は現時点では不明だが、はやぶさが日本の宇宙開発に残した“財産”はとても大きい。

 「小惑星の土を持ち帰る」。世界初の挑戦的な構想が浮かんだ平成4年ごろ、成功を確信する関係者は少なかった。それでも提案は認められ、約127億円という探査機としては低予算で機体を完成させた。

 はやぶさは小惑星探査という科学的な目的だけでなく、電気推進のイオンエンジンや自律航行技術などを検証する工学実験機でもあった。投入された技術の多くは独自に開発された。それらは将来の探査に役立ち、イオンエンジンの長時間運転や小惑星での離着陸といった成果は今後に受け継がれる。

 約7年間の飛行はトラブルの連続で「もうだめか」と思わされる瞬間もあった。その度に技術者の機転と粘り強い運用管制で乗り越えた。想定した目標を達成したこと以上に、想定外の苦難を乗り越えた経験は自信につながる。特に、現場で立ち会った若手研究者・技術者らに大きな刺激となっただろう。

 それらの財産は既に、後継機「はやぶさ2(仮称)」へと生かされつつある。文部科学省やJAXAの首脳も計画実現に前向きで、来年度予算に盛り込まれれば26年にも別の小惑星に向けて旅立つという。

 世界の宇宙探査は水星や火星、木星など月よりも遠くを目指す時代を迎えている。日本も、5月に金星に向けて探査機「あかつき」と太陽光の微弱な圧力で進む世界初の宇宙ヨット「イカロス」を船出させた。

 はやぶさは、惑星探査をリードしてきた米国、ロシアも及ばない実績を残した。日本は自信を持って、太陽系の「大航海時代」に乗り出すことができる。(小野晋史)
                   ◇
【用語解説】はやぶさ
 JAXAの前身、旧文部科学省宇宙科学研究所が開発した小惑星探査機。本体は約1メートル×約1・6メートル×約2メートルの直方体型。太陽電池パネルを展開後の幅約5・7メートル。燃料を含む重量約510キロ。開発費は約127億円。地球や火星の軌道付近を公転する小惑星「イトカワ」の地表に着陸して土壌を採取し、地球に持ち帰ることで、小惑星からのサンプルリターン技術の確立を目指した。(産経新聞

小惑星探査機「はやぶさ」のミッションについて(JAXAサイト)
itokawa_hayabusa.jpg
~小惑星探査機「はやぶさ」と小惑星「イトカワ」

探査機としては非常に低予算の127億円で開発された「はやぶさ」が、幾多の苦難を乗り越えて昨日、無事地球に帰還しました。
20100614025514cfb.jpg
~南天の天の川の前を右下から上方へ横切った「はやぶさ」と回収カプセル
=13日午後11時21分(日本時間午後10時51分)ごろ、豪南部グレンダンボ近郊

自らは大気圏で燃え尽きましたが、貴重な物資を入れたカプセルを予定通り投下、本日無事に回収されました。
scn1006141117008-l2.jpg
~着地に成功した小惑星「イトカワ」の土壌サンプル回収用カプセル(左側の円形物体)とパラシュート

最後まで諦める事無く前人未到の偉業を成し遂げた研究者や支援者に最大の敬意と賛辞を送りたいと思います

この偉業を聴いて、思わず63年前の大東亜戦争中に人跡未踏のビルマ(現ミャンマー)に415kmに及ぶ「泰緬連接鉄道」を敷設した鉄道第五聯隊、鉄道第九聯隊、第四特設鉄道隊、第五特設鉄道隊の勇士たちを謳った「泰緬鉄道建設の歌」を思い出しました。
1
東亜の平和築かんと
敢闘の意気燃ゆるとも
動脈一路泰緬の
大地を結ぶこの壮挙
今ぞ遂げたりこの偉業

2、3、4略

5
勝利の兆国の楯
幾多の苦難乗り越えて
富源豊けき共栄の
民族の地は拓けたり
ああ燦爛のこの偉業

6
世紀の朝の曙が
南の空に燃え上がる
建設の歌高らかに
今こそ歌え同胞よ
生命線を確保せり

「泰緬連接鉄道」は来るべきビルマ戦線の輸送路を確保すべく昭和17(1942)年6月23日、ビルマのタンビザヤ駅から鉄道第五聯隊が、7月5日にはタイのノンプラドック駅から鉄道第九聯隊が各々工事を開始し、作業には鉄道聯隊、特設鉄道隊15,000名、敵国捕虜73,500名、現地募集の労務者など100,000名があたりました。

密林の伐開、路盤の作成、岩盤の削岩など工事は殆ど人海戦術で行われ、猛暑に加え18年は例年より早く雨期が訪れ連日激しい豪雨に襲われます。
補給路は寸断され食料が滞り、マラリア、アメーバ赤痢、コレラ等疫病が発生、密林には猛獣も生息し工事は困難を極めました。
この様な状況でも日本人と捕虜で食事内容は変わらず、食肉文化のある捕虜に対しては肉牛数千頭を確保する等努力が図られますが、補給路の途絶、管理体制の不備、未開地での突貫工事、そして何よりも疫病の発生により我軍1,000名、捕虜12,000名、労務者30,000名が犠牲になります。

捕虜収容所から送られてくる捕虜の中には病人もおり、また労働拒否、サボリ、工事妨害、破壊工作、現地募集の労務者の質も悪く作業は遅滞します。
そのため指揮する側も過酷な要求をしがちになり、言語・風習等の違いから来る理解不十分で酷使虐待と採られる行為も発生します。
しかし、捕虜の作業に取り組む真剣な態度や確固たる信念に感銘を受けることも多く、相互信頼の友情が生まれたことも事実でした。

翌昭和18(1943)年10月25日、タイのコンコイターで開通式と犠牲者の慰霊祭が挙行されました。
それまでビルマを支配していたイギリスが同じ路線を計画した際に「測量までに3年はかかる」として断念していた難工事を約1年5ヶ月という驚異的な速さで完成させました。

泰緬鉄道C56型31号機関車
~靖國神社で偉大な先人達の成し遂げた偉業を伝える
泰緬連接鉄道で使用された「C56型 31号機関車」

「泰緬連接鉄道」(通称:泰緬鉄道)については多くの書籍・サイトが存在しますが、負の面だけをことさら誇大に宣伝し我が国を一方的に非難する(時には感情的なものまで)内容が多く、意図的?に我が方の犠牲者が伏せてあったり、労務者の動員「目標数」-帰還者=犠牲者として誇大な数字を書いているモノ、単に敵国側の主張のみを取り上げ「捕虜虐待」と犠牲者数を単純に結び付けている悪質なものも存在するため注意が必要です。
<参考文献>
・『泰緬鉄道建設の記録 遠い汽笛 建設からC56保存まで』(清水寥人 あさを社)

・『クルンテーブ』(「泰緬鉄道ノート」吉田修 泰国日本人会会報 平成5年11月号~6年3月号)

・「泰緬鉄道」(落合道夫氏のサイト)
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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