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長宗我部元親は四国を統一できず?

昨日の古文書の記事を見つけた際にこんな記事も見つけました







元親は四国統一できず!? 2010年06月09日10時30分



 長宗我部氏、実は四国を平定できていなかった!? 土佐の戦国大名・長宗我部元親の四国統一を疑問視する声が、研究者の間で大きくなっている。「阿波や讃岐、伊予に降伏していない勢力があった」とする非統一説が台頭。南国市の県立歴史民俗資料館も、既に「四国統一」表記を後退させた。逆に、伊予の戦国大名・河野氏に関して降伏説を後押しするような新資料が見つかり、長宗我部氏をめぐる議論が熱を帯び始めている。

 1575(天正3)年、土佐を統一した長宗我部元親は四国平定に乗り出した。途中、織田信長の干渉を受けながらも阿波、讃岐を制圧し、1585(天正13)年春、伊予中部の河野通直(こうの・みちなお)を降伏させ四国を統一した――というのが、「高知県史」などで長く語られてきた通説だ。

 これに反論する論文を、三重大学の藤田達生教授(日本史)が1991年に発表。同教授は史料解釈の間違いなどを指摘した上で、▽伊予国内には、北部の来島氏など降伏していない勢力が存在する▽河野氏の降伏は後世に書かれた軍記物「土佐物語」の記述に依拠したもので、これを示す史料はない―― として統一説を否定した。

 さらに2006年には高知大学の津野倫明教授(日本史)が阿波、讃岐の制圧までも否定する説を発表。史料の検討から、阿波の土佐泊城(鳴門市)、讃岐の虎丸城(東かがわ市)は落城しておらず、長宗我部氏への抵抗が続いていた可能性を指摘した。

 これらの説から研究者の間では「元親は四国をほぼ手中に収めたが、完全制覇には至っていない」とする見解が強まり、その余波は長宗我部氏に関する常設展示コーナーを設けている県立歴史民俗資料館にも。
 パネルなどの「四国平定」の表記を「大部分を支配下に置いた」と変更。今春のリニューアルでは、長宗我部氏の勢力図も新説に沿って書き換えた。

 ■土州様?
 一方、河野氏の居城だった湯築(ゆづき)城(松山市)の発掘調査で、城内から見つかった長宗我部氏にかかわる瓦や土器が近年、研究者の間で議論を呼んでいる。大手(城の表門)付近から土佐の岡豊城、中村城でしか見つかっていない瓦が出土したからだ。
 寸法や成形に共通点があり、文様は同じ笵(はん)木を使って焼かれたと考えられている。城内の家臣団の居住区からは、元親を指すと考えられる「土州様」と墨書された土器皿も見つかった。
 調査を担当した愛媛県埋蔵文化財調査センターの中野良一調査第一係長は、「長宗我部氏が湯築城を占拠した証しに瓦をふいたのではないか」と推測。河野氏の降伏説を主張している。
 が、これにも愛媛県の文献史の研究者らは「降伏を示す同時代の史料はない」と反論。河野氏と長宗我部氏が一時的に同盟関係にあり、「瓦や土器が見つかってもおかしくない」とする説も唱えられている。
 本県の考古学の研究者も「湯築城に長宗我部氏の何らかの関与があった可能性は高いが、瓦をふいた年代を確定することは難しく、慎重に解釈すべきだ」としており、まだ議論は続きそうだ。 (高知新聞


長宗我部ファンとしては、「元親は四国を統一した」説を支持したいところですが・・・

伊予の河野通直に関しては以前、湯築城跡を訪ねた際に資料館の展示が「通直が抵抗中に羽柴秀吉による四国征伐を迎、結果的に元親は四国を統一できなかった」という説を採っており、驚いた覚えがあります

今回この記事を見て、確かに土佐泊城に拠る森村春は秀吉の四国征伐後に阿波を領した蜂須賀家政に降っており、元親には降っていません。

ただ、十河存保の拠る虎丸城は天正15(1584)年に十河城落城に続き、落城したはずですが・・・?
ネットで調べてみると、「落城しなかった」という説もあるようです?

確かに四国統一をしたか?と言われれば、落城していない城がある以上「していない」ですが、阿波にしろ讃岐にしろ支配権は確立していたのですから「四国を統一した」でも良いような気もするのですが・・・

何か揚げ足を取られるような議論です
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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