当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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大坂城落城時の遺物見つかる

大坂城天守北側の「山里丸」で、夏の陣で焼けたと推定される大量の瓦や壁土が見つかりました。




大阪城炎上の証し 秀頼自刃の地 焼けた瓦 出土 大坂夏の陣


  2010062501.jpg
~大坂夏の陣で焼けたとみられる瓦や壁土=大阪市中央区の大阪文化財研究所(小畑三秋撮影)

 豊臣秀吉の子・秀頼と母・淀君が慶長20(1615)年の大坂夏の陣で徳川家康に敗れて自刃した場所とされる大阪城天守閣(大阪市中央区)北側の区画「山里丸(やまざとまる)」で、夏の陣で焼けたと推定される大量の瓦や壁土が大阪文化財研究所の発掘で見つかっていたことが25日、分かった。秀吉の時代に築かれた石組み溝も出土し、大坂城築城から落城までの豊臣家の栄枯盛衰を物語る貴重な資料になりそうだ。

 調査は、山里丸の石段改修工事に先立って行われ、地表から約3メートル掘り下げたところ、厚さ50センチ以上の焼けた土の堆積(たいせき)層が確認された。

 堆積層からは、16世紀末ごろの瓦が大量に見つかり、多くが高温で焼けて赤く変色。焼けこげた壁土や炭も出土した。夏の陣では慶長20年5月7日(旧暦)、天守閣など城内がほぼ全焼したとされ、今回の瓦や壁土はその一部という。

 一方、石組み溝は焼けた土の堆積層のすぐ下から、南北方向に長さ約6メートル分が見つかり、細長く加工した石を両側に並べていた。山里丸には当時、茶室があり、秀吉が茶人・千利休らを招いて茶会を開いたとされる。今回見つかった石組み溝は、こうした施設の一部の可能性もあるという。

 家康の側近や当時の大名の記録によると、夏の陣で天守閣が炎上した翌日の5月8日、23歳の秀頼が淀君とともに山里丸の焼け残った櫓(やぐら)にこもって自刃したと記録。現在は「自刃の地」と記された記念碑が建てられている。

 山里丸で秀吉築城時の施設跡と、焼けた瓦などが同時に見つかったのは今回が初めてで、大坂城が夏の陣で大規模に炎上したことを考古学的に裏付けることになった。調査担当の大庭重信学芸員は「豊臣家の悲劇の物証となる成果」と話した。

 瓦などは7月28日から大阪市中央区の大阪歴史博物館で開かれる「新発見・なにわの考古2010」で9月20日まで展示される。 (2010年6月26日 09:19 産経関西)(原文ママ


秀頼公、淀殿自刃の地
~秀頼公、淀殿自刃の地

ご存じの通り太閤秀吉公が築城した大坂城は慶長20(1615)年5月7日の大坂夏の陣で真田信繁、毛利勝永らの大坂方の主力部隊が壊滅後、寝返った台所番の放火で炎上、灰燼に帰します。
翌、攻め手の総大将・徳川家康の孫で、秀頼公の正室・千姫を家康の陣に送り出し、秀頼主従の助命嘆願を行いますが、家康は配下の井伊直孝に秀頼主従の籠る干飯倉を銃撃させます。
助命が叶わなかった事を悟った秀頼公は干飯倉に火をかけさせると毛利勝永の介錯で自刃、淀殿、大蔵卿局、真田幸昌、側近の速水守久、大野治長らも次々に自刃して果てました。

大坂落城後、家康は大坂人から「秀吉の大坂城」を消し去るため、跡地を埋め立てさせ、その上にさらに巨大な新大坂城を築城しました。

家康の築いた大坂城は江戸時代に落雷で炎上、さらに残っていた櫓類も殆どが江戸末期の倒幕戦で炎上してしまいます。

明治維新により、大坂城内には大阪鎮台(のち第四師團)が置かれ、昭和に入り市民の寄付金により城内に分散されていた師團司令部をまとめるとともに、天守が復興されました。

現在の大阪城の地下には夏の陣で落城した秀吉大坂城の遺構が埋まっており、大規模な発掘調査をすれば凄まじい数の遺物が発掘されると思います。

今回はたまたま石段の修理のついでの調査だったようですが、これに味をしめて本格的な調査をしてくれませんかねぇ?
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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