当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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最強武将伝 三国演義 第13話「五関突破」

今回は白馬の戦いで顔良が関羽に討取られる場面から、関羽の5関突破(3関目の水関)まで(『演義』第25回途中~第27回途中)です。






曹操が顔良に匹敵すると考えたのは関羽。
関羽をたきつけるため、呂布が乗っていた赤兎馬を関羽に与え、喜んだ関羽はこれを承知した。

曹操軍の前で挑発する顔良に、関羽は勢いよく切り込み、一刀のもとに顔良を切り捨ててしまった。
顔良を失った袁紹軍は混乱し四散して逃げてしまう。
その後も曹操は関羽を重用し、関羽は期待に応えていった。

関羽が曹操方に味方している事実を知った袁紹は激怒し、劉備を叱責した。
しかし、劉備は平然と自分が説得すれば関羽はこちらの見方になると言い放つ。
劉備は早速関羽に密使を送った。劉備が無事生きていることを知った関羽は、涙を流し喜び、すぐさま劉備の妻たちを引き連れ、劉備のもとに向かうことを決意する。
曹操もこれを止めようとせず、快く行かせてやった。

しかし、通行手形を持っていない関羽は関所で足止めを食らうことになる。

曹操からの許可を得ていると説得するも、通行を許可されない関羽は、関所の将軍を強引に切り捨てて進む。  関羽が水関の関所に着いた時、陰険な笑みを浮かべる水関の守備隊長卞喜が迎えた。
卞喜は関羽を歓迎し、鎮国寺に誘う。
鎮国寺の住職は、卞喜が暗殺するつもりでいることを密かに関羽へ知らせてよこした。
<登場武将>
劉備
関羽
孫乾   
曹操
程
郭嘉
夏侯惇
徐晃
張遼
蔡陽
孔秀
韓福
孟坦
卞喜
普浄  

袁紹
顔良
文醜 (赤文字:初登場)


>曹操が顔良に匹敵すると考えたのは関羽。
顔良に宋憲、魏続を討たれ、徐晃、張遼が退けられた曹操は程の進言を入れて関羽を出馬させます。

>関羽をたきつけるため、呂布が乗っていた赤兎馬を関羽に与え、喜んだ関羽はこれを承知した。
赤兎馬は関羽を炊きつけるため、では無く関羽を自分の元に引き止める為に与えた贈り物の一つです。
セリフはほぼ『演義』の通りでした。

>曹操軍の前で挑発する顔良に、関羽は勢いよく切り込み、一刀のもとに顔良を切り捨ててしまった。
曹操と関羽の会話、顔良の描写は適当に省略されがちですが、妙に『演義』に忠実でした。
また関羽と顔良の一騎打ちは大抵の映像作品では豪快な一騎打ちの末に顔良が討取られるように描かれていますが、これまた忠実に声を掛けようとした顔良に対し、赤兎馬の速さにアッという間に薙刀を構える間もなく顔良が討取られました。

>その後も曹操は関羽を重用し、関羽は期待に応えていった。
続いて顔良の敵討ちに文醜が延津に出陣してきます。
文醜の部隊を混乱させるために輜重隊を先行させる曹操ですが、夏侯惇に命じていました。
『演義』では文醜は匹夫の勇として沮授が反対、曹操の計略も特に武将に命じておらず、呂虔がこの曹操の行動を不審がり荀攸が密かに見抜きます。

輜重に釣られた文醜の軍勢が隊伍を乱したところに曹操軍が攻撃を仕掛け、文醜に張遼、徐晃が挑みますが、退けられ、出撃した関羽に討取られます。
文醜は『演義』通り「半弓」の使い手に描かれており、張遼に矢を当てます。
アニメでは肩に当たっていましたが、『演義』では「頬」となっています。『演義』では何故か「頬に矢が当たる場面が度々出てきます。
文醜は顔良とともに袁紹陣営の猛将ですが、顔良に比べ文醜がザコっぽい扱いでした
そして、誰もが????となった文醜の名前が「文丑(ぶんちゅう)」になっていました
何やこれ?と思って調べてみると「醜」という字は北京語の簡体字では「丑」と書かれるようです。
北京語のこのアニメを日本語版に訳す際に担当者が簡体字の表記をそのまま訳したミスです。
恐らく翻訳担当者、並びに最終チェックする担当は三国志をほぼ知らないのでしょう。
殺されるだけのザコキャラならともかく、超有名な文醜を訳せていないのは完全な人為的なミスです。

>関羽が曹操方に味方している事実を知った袁紹は激怒し、劉備を叱責した。
文醜が討取られた後にこの場面でしたが、『演義』では顔良が討取られた際に沮授が、文醜討死後には審配と逢紀が劉備を断罪する都合2回同様の場面があります。
袁紹は両方とも劉備に丸め込まれ、袁紹の優柔不断さを強調する場面となります。
ただアニメでは袁術程ではないものの袁紹もさほど人物像が描かれず、曹操陣営に負けずとも劣らない幕僚は誰も登場しません。
なかなか個性的な面々が多いので、描いても面白いと思うのですが・・・

>劉備は早速関羽に密使を送った。
この場面、うまく繋がっていましたが少し省略がありました
アニメでも曹操と関羽のやり取りに「黄巾の残党が蜂起し、関羽が討伐に行く」とあり、劉備の密書を持って孫乾が関羽の元にきていました。

『演義』では汝南郡で黄巾残党の劉辟と龔都が蜂起、守備する曹洪が援軍を求めてきたので曹操は関羽に于禁と楽進を付けて派遣します。

布陣中に関羽の幕舎に劉辟に拾われた孫乾が訪れ、劉辟と龔都がすでに袁紹に帰順しており、劉備が無事である事を告げます。
その後、劉辟と龔都は偽って関羽に敗れ、任務を全うし劉備の無事も知り曹操の元を去ろうとする関羽の元に陳震が劉備の密書を携えてやって来ます。

>曹操もこれを止めようとせず、快く行かせてやった。
関羽の去り際、直垂を受け取る描写は『演義』とほぼ同様です。

>通行手形を持っていない関羽は関所で足止めを食らうことになる。
最初の「東嶺関」に到着前に、後に関羽の武将となり蜀漢滅亡時まで活躍する『演義』では異常に長命な廖化が登場、さらに4ヶ所目の滎陽での夜襲から関羽を救う胡班の父親である胡華が登場するなど後の話の伏線が張られるのですが両方とも省略されていました。

1ヶ所目の「東嶺関」での孔秀と関羽のやり取りは『演義』通りです。

2ヶ所目の「洛陽」での韓福、孟坦の計略と関羽のやり取りもほぼ『演義』通りです。

3ヶ所目の「水関」での卞喜と関羽のやり取り、普浄が関羽に暗殺計画を暗に伝えるのもほぼ『演義』通りです。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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