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江戸城天守、CGで復元。再建は・・・

「江戸城再建を目指す会」と言う団体が平成16年から活動しているようで、今回はCGで復元図が作成されました。




江戸城天守閣、CGで復元 「再建」は宮内庁が慎重姿勢? 2010.6.17 21:36


 約350年前の明暦の大火で焼失した江戸城天守閣の復元図が、広島大大学院の三浦正幸教授(文化財学)らの手で完成し、都内で開かれたシンポジウムで17日、公開された。同教授によると、当時の史料をもとに、詳細な復元図が作成されたのは初めて。再建を目指し活動する団体は「機運が高まるきっかけに」と意気込むが、江戸城は皇居にあるため、宮内庁からは「御所を見下ろす高さになるなら、両陛下のプライバシー上問題」と慎重な意見も。平成の世に江戸城は復活するのか。(篠原那美)

 復元図はNPO法人「江戸城再建を目指す会」(東京都千代田区)が制作を依頼。豪華絢爛(けんらん)というより質実剛健な城は5階建てで、石垣を含めた高さは18階建てのビルに相当する59メートルにも。スクリーンに壮大な城のCGが映し出されると、会場にどよめきが広がった。
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 この日紹介されたのは、徳川3代将軍・家光が建てた天守閣の復元図。「再建にはまず復元図が必要」と同会の小竹直隆理事長が昨秋、城郭復元研究の第一人者として知られる三浦教授に制作を依頼。三浦教授の研究室が、大工の棟(とう)梁(りよう)が書き残したとされる設計図「建地割図」を基に完成させた。
imp1006172136003-p2.jpg

三浦教授は「江戸城の天守閣は織田信長の安土城の4倍もの体積を誇る一方、外観は正当に受け継がれている。日本の城郭史上、最大で最高の到達点」と歴史的な意義を語る。

 「目指す会」は平成16年、観光振興や文化継承のため、民間の手で江戸城を再建させようと設立。現在約1800人の会員がいる。小竹理事長は「今後会員を数千、数万に増やし、寄付を募って再建したい」と意気込むが、難しい面もある。

 江戸城があった一画は現在、皇居・東御苑に含まれて一般開放されているが、この地域は国有財産法上、皇室のために用いるとされる「皇室用財産」となっているのだ。宮内庁幹部は同会の活動について「コメントは差し控えたい」としているが、過去には江戸城再建の議論をめぐり、「景観や両陛下のプライバシー上、問題があるのでは」と慎重な意見が出たこともある。

 小竹さんは「江戸城は『戦い』ではなく、天下太平を希求した『平和』のシンボル。美しい城の姿を知ってもらえれば、いつか道が開けるのでは」と期待している。
     ◇
 江戸城天守閣 1606(慶長11)年に徳川家康が築いたのが始まり。1622(元和8)年に2代将軍秀忠、1638(寛永15)年に3代将軍家光が、それぞれ代替わりごとに築き直した。家光の建てた天守閣は1657(明暦3)年の明暦の大火で焼失。翌年、加賀藩前田家の普請で天守台が築かれたが、4代将軍家綱の叔父、保科正之が「城下の復興を優先すべきである」と提言。以後天守閣が再建されることはなかった。(産経新聞)


江戸城は大阪人からしたら認めたくありません?が、我が国随意一の巨大城郭でした。
もちろんその天守も徳川家の威信を示すため巨大なものだったようです。

僕も一度、江戸城跡は訪れた事がありますが、天守が焼失後に築かれたモノとは言え残されていた天守台は巨大で圧倒されるものでした。
天守台
~江戸城址天守台、地階入口付近の人と比較すると巨大さが分かります

この上に天守が上がればさぞ壮観なものであり、想像しただけで心が踊ります

城好きの中には築城時は天守が上がっていた城でも、現在にいたるまでに天守が失われてしまった城に無闇に天守を復元するべきではない、と言う考えの方もいるようですが、僕は完全に復元できる正確な資料が残っており、忠実に復元できるのであれば天守を復元すべきと考えています。
自治体にとっては街の象徴的な存在となり、観光客の誘致に繋がり観光収入も上がると思います。
また、当時に想いを馳せるのに建物がある城のほうが、よりしやすいと思うからです。

さて、江戸城の再建ですが記事中にもあるように、再建した場合「天皇皇后両陛下のお住まいになる御所を見下ろす」という「有り得ないほど失礼な状況」が考えられます。
御所を見下ろすなどという行為は日本人は元より、外国人でも断じて許される行為ではありません。

僕の提案としては江戸城天守の再建が成された際は、天皇皇后両陛下がご公務やご静養で御所をお出になられた際は特別拝観として天守最上階までを開放(御所方面が見渡せる場所は常に入場禁止)しますが、普段は御所が見えない階までの入場、としたら良いのではないでしょうか?
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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