当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

寶塚海軍航空隊

兵庫県宝塚市に所在する宝塚歌劇場に寶塚海軍航空隊がありました。
寳塚海軍航空隊(寳塚劇場)
▲在りし日の寳塚海軍航空隊(寳塚歌劇團施設)






寳塚海軍航空隊は昭和19(1944)年8月15日、兵庫県河邉郡小濱村字川面(現、宝塚市栄町)の寳塚歌劇團の施設を借用し開隊されました。
宝塚海軍航空隊地 寳塚 配置図(宝塚)
▲『近畿地区施設一覧(附青図)』掲載の寳塚海軍航空隊敷地図

宝塚海軍航空隊地 寳塚 現在(宝塚)
▲現在の地図に敷地を転写

宝塚大劇場は平成4(1992)年11月、同中劇場は昭和47(1972)年に閉鎖・取り壊されたため、遺構は皆無です。
宝塚海軍航空隊(宝塚劇場)
▲現在の宝塚歌劇場

これだけでは余りに寂しいので、近隣にある宝塚聖天もご紹介します。
宝塚聖天は大東亜戦争で国難に殉じた英霊をお祀りしています。
建物の屋上には実物大の零戦がありますが、屋根の上にあるため詳細は見えません。
見た感じ余り出来が良いとは言えませんが、ネットの空撮を見るとそれっぽく見えます。

大光明殿と慰霊顕彰碑(宝塚)
▲大光明殿と「神風特別攻撃隊之魁 甲飛十期之碑」、「戦没者追悼 平和祈念之碑」、「中村純一中尉 顕彰碑」


寳塚海軍航空隊
昭和19(1944)年6月1日、海軍飛行豫科練習生(豫科練)の教育航空隊である三重海軍航空隊(澤勇夫大佐)に滋賀分遣隊が開隊します。
8月15日、滋賀分遣隊は滋賀海軍航空隊(森本丞少将)に改編(横須賀鎭守府所管)され、同日、空襲の激化に伴い昭和18(1943)年3月に閉鎖された、兵庫縣河邉郡小濱村字川面(現、宝塚市栄町)の寳塚歌劇團の劇場他の施設を借用し、滋賀空寳塚分遣隊(木下康夫中佐)が開隊、三重空奈良分遣隊から甲飛十三期生後期の操縦専修者1,000名が転隊、豫科練教程の教育が開始されます。

分遣隊開隊に伴い、劇場は講堂、舞台は覆い練兵場、、ロビーは居住区に転用、阪急寳塚驛から逆瀬川驛にかけて第一から第四練兵場が開設されました。

29日、海軍省人事局長、同教育局長、航空本部總務部長、練習聯合航空總隊、第十九聯合航空隊各司令連名の『◯兵器要員ノ選抜ニ關スル件』が通達、9月1日、豫科練卒業生の飛行練習課程は凍結され「回天」の搭乗員募集が行われ、志願者から200名が選抜され、第一特別基地隊(長井滿少将、廣島縣安芸郡音戸町大浦崎:P基地)に転隊します。

9月15日、甲飛十五期生2,663名が三重空に入隊、10月15日、甲飛十五期生が滋賀空西宮・宝塚分遣隊に分かれ転隊してきます。

昭和20(1945)年3月1日、寳塚分遣隊は寳塚海軍航空隊(木下康夫中佐)に改編、引き続き豫科練教程専門の練習航空隊に指定され、大阪警備府麾下第二十四聯合航空隊に編入、甲飛第十五期前期の一部が滋賀空西宮分遣隊より転隊してきます。

4月1日、甲飛第十六期第一次、15日、同第二次、5月15日、同第四次が入隊してきます。

6月1日、官房機密『飛行専修豫備學生、同豫備生徒及飛行豫科練習生教育ニ対スル非常措置』が通達され、豫科練教育は停止され、一部が航空特攻要員として滋賀空へ転隊します。

6月15日、甲飛第十六期第六次、25日、第七次、7月15日、第八次、8月15日、第十次が入隊してきますが、既に豫科練教程は凍結されているため、基礎教程のみが実施され、全練習生は陸戦訓練、及び近畿地方の防空砲台、水中・水上特攻基地の設営、航空基地での飛行作業補助・艤装、松根油精製、軍需物資用地下壕建設作業に派遣されます。

30日、第二十四聯合航空隊が解隊され、寳塚空は大阪警備府麾下に編入されます。

7月26日、『機密阪警命令第三百三十號』に基き、淡路島阿那賀伊毘に二十糎砲据付のため、甲飛十四期第四十一分隊の3班(20名)が紀伊防備隊から舟艇で福良を経て阿那賀に到着、後続の甲飛十六期生用の兵舎を設営します。
7月31日0500、甲飛十六期生110名(隊長:杉本靜大尉)が寳塚空を出発、1750、宇高連絡船により徳島県撫養着、8月2日1100、機帆船「住吉丸」(35t、濱田為三郎船長)に乗船、阿那賀港に向け鳴門海峡を航行中、阿那賀鎧崎沖において米第20航空軍のB29とともに来襲したP51艦載機2機の強襲を受け、杉本大尉以下80名、船員2名が散華(救助搬送中散華も含)、救助の漁船により漂流者7名、船上の10名を救助、負傷者は阿那賀から福良駅へ搬送され、列車で洲本へ移送洲本病院と岩屋陸軍病院へ転送され介護を受けます。
また散華した52名が鎧崎桜ヶ丘英霊墓地に埋葬されました。

8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。
17日、逐次幅員を開始します。


主要参考文献
『海軍飛行豫科練習生 1巻』(昭和63年12月 小池猪一編著 国書刊行会)

『空の彼方 海軍基地航空部隊要覧4』(平成21年6月 渡辺博史)
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毎年、阿那賀にある春日寺に於いて8月2日に法要が行われておりますので、是非 御参りをして頂きと思います。

奥山様、初めまして。

貴重な情報ありがとうございます。
また日程を調整して参列させて頂こうと思います。

春日寺と少年達の墓地にも御参りをお願いします。
行けば少年達は喜ぶと思います。

Re: タイトルなし

奥山様
貴重な情報ありがとうございました。
ネットで調べると春日寺に散華された宝塚空の英霊達が安置されたのですね。
折を見て是非感謝の誠を捧げに行きたいと思います。

今の人々や未来の人々に少年達の事を忘れ去られないように日本全国の人々に語り続けて頂きたいと願っておりますので、是非 全国の方々に伝えて下さい。
お願い申し上げます。

淡路市の北淡歴史民俗資料館にて9月30日までの期間で戦争と平和展を開催しております。 是非 御覧になられては如何でしょうか?

Re: タイトルなし

奥山様、こんばんは。

いつも情報、ありがとうございます。

鳴門市の普光寺に一人の少年兵が無縁仏として葬られております。
ここのお寺は古く源氏の兵士のお墓が周りあり その昔は重要な拠点だったそうです。
もし、行かれるのであれば歴史のある漁港なので、軽自動車か単車が良いかと思います。

Re: タイトルなし

奥山様、こんばんは。
いつも情報ありがとうございます。
残念ながら淡路島は殆ど訪れた事が無かったので、訪れる良い機会になります。
訪れた際には参拝させて頂こうと思います。

おはようございます。子供達らは喜ぶことでしょうね。
私は私なりに力はありませんが 何とか伝え広めて参りたいと考えております。 いつか阿那賀か鳴門市島田島でお会いするかも知れませんね。


Re: タイトルなし

奥山さま、こんばんは。

色々、貴重な情報をご教示頂きありがとうございました。
淡路島には今まで降り立った事がなかったのですが、一度行かねばならないと思います。
若輩浅学の身ではありますが、これからも宜しくお願いいたします。

こちらこそ ありがとうございます。
お互い 彼ら少年達の事を伝えていきましょう。 また、お参りの際には私も持参しますが、おはぎ等 お菓子を御供えをお願いします。
少年達は空腹の状態でお亡くなりになられただけに
ひもじい思いをさせたくないので 宜しくお願いします。
誠に勝ってな事を申し上げて すいません。

Re: タイトルなし

奥山様、こんばんは。
かねがね思っている事ですが、多くの英霊の犠牲の上に我が国の今の繁栄がある事を再認識する事ができました。
私の大好きな羊羹を持って感謝の誠を捧げたいと思います。

ありがとうございます。
彼ら少年達も 南方方面に行かれた方々や大陸方面に行かれた方々や北方方面に行かれた方々や本土の方々とみんなで楽しく食べるでしょう。 ありがとうございます。
温かいお気持ちに感謝しております。

ブログ主様と同様に思っております。
今の何不自由の無い生活は先の大戦で尊い命を亡くされた方々の上にあることを忘れてはいけない事を親から常々 言い聞かされており、感謝の気持ちを持っております。
以前 倉本総氏の作品で(き国)と言うのがありましたが 的を得た作品だと思って見ておりました。 今の日本の人々に改めて何があったのか見つめ考えて頂きたいと思って 微力ながら伝え広めたいと動いております。

Re: タイトルなし

奥山様、こんばんは。

英霊を敬い感謝の誠を捧げる事は、思想に関係無く行うのが当たり前と思います。
しかしながら、我が国ではその当たり前が蔑ろにされているどころか、周辺の異常な国の内政干渉に配慮し閣僚が参詣できない異常な自体が続いています。
それどころか英霊を貶め罵倒する醜悪な日本人すらいる始末です。
嘆かわしいと言うか、怒りしか感じません。
この様な異常な人間、状態が早急に改善される事を切に望みます。

『歸國』は近年の戦争関連のドラマとして白眉でしたね。
と言うより、戦争ドラマと銘打ちながら実態は英霊を貶め、国軍を罵る内容の駄作ばかりの中、今の我が国に何が欠けているかを的確に示していたドラマだと思います。

拙ブログは主に帝國陸海軍の遺構を紹介していますが、内容は常に先人・国軍そして何より英霊の崇敬を柱として既述する事を心がけ、微力ながら今後も啓蒙して行こうと思っています。
若輩浅学ですがこれからも宜しくお願いいたします。

今日 鳴門市の無縁仏に入って居られる少年と阿那賀の予科練の少年達の墓地へ海岸から当初に埋葬された斜面の跡から慈恩観音様に登りましたが、斜面を見るとドラム缶が捨てられ 空き缶が散乱しコンビニの袋等々も散乱したのを見ると悲しみと同時に怒りを覚えました。
一人で処理するには到底 無理です。
予科練の方々も他界されたり また生きて居られても80歳以上の方々では無理です。
英霊を冒涜するとは 何を考えているのか腸が煮えくり返る思いです。
何か策はないものでしょうか?私も高齢者なので一人では何も出来ずにおります。

Re: タイトルなし

奥山様、こんばんは。

私も各地で同じ思いをした事が多々あります。
中でも酷かったのは沖縄でした。
第六十二師團が最期を迎えた喜屋武岬や第六十四旅團が玉砕した米須など、英霊が祖国を思い散華された壕にあろうことか産廃やらが投棄されていたのには憤りを感じました。
心底「不幸な死に方をしろ」と願いました。

私も陸軍墓地など墓石に草が繁茂している場合は目に付く範囲で軽く草を刈ったりしていますが、敷地全部となると時間も労力も無く難しいです。
近隣に自衛隊が駐屯している場所は定期的に奉仕されているようですが、人知れずある墓所や慰霊碑は管理ができず殆どが有志による奉仕に頼っているのが現状で、国に殉じた方々がその様に扱われている事は異常だと感じています。

本来は自治体が責任をもってする事だと思いますが、そう言った当たり前の事を快く思わない狂信的な集団がいてるのも事実です。

余りにも酷い場所は自治体の意見募集にメールを送ったりしているのですが、確認のしようが無く改善されているのか疑問です。

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以前に放送を見ましたが 沖縄県にて未だに斜面だったか 掘れば辺りからは亡骸が現れるとの放送を目にしました。
国の政府 地方自治体の沖縄県は対応策を講じたのでしょうか? 政治的イデオロギーに振り回されている状況では何も出来ないと受けます。
今を周りを見ていると我が一番良ければよいとの考え.世の中は総て金が一番大事と考える人間が増えて人間として尊厳を失っているのではとないでしょうかね。
悲しい事ですが………

Re: タイトルなし

奥山様、こんばんは。

戦後の学校教育は戦前のわが国の歴史を全否定、特に戦後教育界に復帰したサヨクずれは国を敵視し、行き過ぎた公より個を重視する洗脳ともいえる教育(と言うより政治思想の刷り込み)をしてきました。
その様な教育を受けた親が家庭でまともな教育をできるはずがなく(全部が全部ではありませんが)、今の惨状は周知の通りです。
ここ数十年はサヨク狂信教師集団の日教組も力が衰え、ようやくまともな教育が萌芽しつつありますが、未だにサヨク利権にしがみつく連中が教育界に蔓延っています。
それどころか反日運動をしているサヨクや外国人団体連中が必死に巻き返しを謀っています。

国に殉じた英霊は思想に関係無く後世に生きる者の勤めとして崇敬していくのが当たり前と考えています。

沖縄県は言論界を筆頭に政治的イデオロギーに凝り固まり、日本全国から未だに革命ごっこに浸る狂信者達の巣窟と化しています。
最近も沖縄防衛に命をかけた第三十二軍を貶める(既にあらゆる方面で貶められていますが)看板が建てられるところを、現地と保守系の方々が阻止しました。

沖縄の論調を見ると英霊を敬うと言う考え以前に、歴史を勉強し直させる必要があります。

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Re: タイトルなし

奥山様、こんばんは。
メールは内容より数なので、気が付いた事は兎に角メールする事をお勧めします。
また、地元選出の国会議員、自治体の地方議員にメール、できればファックスするのが一番効果的だとも言われています。

こんにちは(朗報)
阿那賀の予科練の少年達の墓地に廃棄されたゴミの件を所轄の警察に電話連絡するとともに市役所の観光課にメールをしたところ 即 対処して頂く旨の連絡がありました。 これで少年達も安らかになられるでしょう。
一安心です。

ブログ主さま
ネット検索にて宝塚海軍予科練チタンにて見ると元宝塚海軍予科練で阿那賀に於いて被弾され助かった少年の兄弟がブログをされているのを御存じでしょうか?
阿那賀の詳しい事を紹介をされておられますので 是非 御覧 頂ければと思い お知らせした次第です。

Re: タイトルなし

奥山様
情報有り難うございます。
見てみます。

こんばんは

少年達は北は樺太から南は九州から大陸からの日本人学校からの13歳からの少年達の予科練です。
食べ盛りの少年達は乾パンを二つしか持たされず淡路に向かわれた事を思うと涙が止まりません。
合掌

Re: こんばんは

奥山さん、こんばんは。
悠久の大義に殉じてくれた多くの英霊、そう言った尊い犠牲の上に我が国の平和と繁栄があるのを忘れてはなりませんね。
偉大な先人達の事績を正しく伝え、顕彰するのが我々の使命と思います。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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