当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

最強武将伝 三国演義 第15話「官渡の戦い(前編)」

今回は曹操と孫権の同盟締結から、官渡の戦いでの許攸が曹操に投降するまで(『演義』第29回最後~第30回途中)です。






袁紹は劉備の離脱に不服を唱え、討伐を思案したものの、曹操討伐が先であると判断し、参謀の忠告も聞かず、大軍を出陣させることにした。

両軍とも大軍を引き連れ戦場で対峙した。
曹操軍の不安は相次ぐ戦乱による食糧不足。
短期決戦を望んだ曹操は果敢に攻めるが、袁紹の巧みな戦術により緒戦は袁紹軍が勝利し、曹操軍は官渡の砦まで退却する。

砦に入った曹操軍は固くこれを守っていたが、ある夜、突然砦の前に数十もの小山が出現し、その上にある櫓から雨のように矢が降り注いできた。
慌てた曹操軍であったが、参謀の進言で設計された投石機により、袁紹軍もろともこの櫓を打ち壊し曹操軍の底力を見せ付けた。

一進一退の攻防戦が続いていたが、対峙して1ヶ月が過ぎた頃、既に曹操軍の食料は尽きかけていた。
至急、食料を補給せよとの密書を送ったが、これが袁将軍方の将軍許攸に奪われてしまった。
許攸はその密書を携え、袁紹に今こそ攻めかけるべきと進言したが、以前許攸が曹操と友人であったことから、計略ではないかと疑われてしまうこととなる。
落胆した許攸は袁紹を離れ、古き友人曹操のもとへ走った。

そして、許攸は曹操の傘下に加わり、袁紹攻略の術を告げることとなる。
登場武将
曹操
郭嘉
荀攸
荀
夏侯惇
張遼
徐晃
許褚

袁紹
田豊
沮授
審配
許攸
淳于瓊


孫権


公式サイトのあらすじでは触れられていませんが、曹操が孫権と同盟を結びます。
孫権が初登場しましたが、孫堅、孫策の事は一切語られませんでした
唐突な孫権の登場ですが、孫策が許貢の食客に襲われ、さらに于吉を斬殺したために于吉の幻覚に悩まされて死去、跡を継いだ孫権はこの時19歳ですが、アニメでは髭面のおっさんでした

>袁紹は・・・参謀の忠告も聞かず、大軍を出陣させることにした。
今回は袁紹の幕僚が初めて大々的に登場しました。
まずは、田豊が袁紹の出陣を時期尚早として諌めますが、袁紹は聞き入れず激怒し田豊を殺そうとし、諸将がとりなした為、投獄します。

本来ならば田豊は白馬の戦い(第25回)の際に出陣する袁紹を諌め、その時投獄されます。
そのため、官渡の戦い前には獄中から袁紹を諌めますが、逢紀がこれを讒言して田豊を殺そうとし、諸将がとりなした為、「戦いが終わったら始末をつける」と言って出陣します。

アニメでは曹操が丘の上で幕僚に戦いの展望を訪ねます。
郭嘉が「用兵に置いて曹操の方が上」、荀攸が「兵糧が心許ないので機先を制すべき」と答えます。
『演義』ではこの時の郭嘉の答えは無く、荀攸のみです。
郭嘉は官渡の戦いの直後、袁家討伐の途中で死去するので「曹操が頼みにしている」という場面を視聴者に分かりやすくするため用意した場面でしょうか?

一方の袁紹は曹操の兵糧不足を見抜き、持久戦に持ち込むべきと進言した沮授を投獄します。

>短期決戦を望んだ曹操は果敢に攻めるが、袁紹の巧みな戦術により緒戦は袁紹軍が勝利し、曹操軍は官渡の砦まで退却する。
曹操は張遼、袁紹は張郃を出撃させ、一騎打ちをします。
続いて曹操は夏侯惇に突撃を命じますが、袁紹軍の弓矢に阻まれ、さらに袁紹軍の突撃により官渡まで押し返されます。

『演義』では張遼、張郃の一騎打ち直後に曹操は許褚を袁紹は高覧を出撃させ4人が一騎打ちを繰り広げますがアニメでは張遼と張郃だけでした。
また袁紹軍に突撃するのは夏侯惇と曹洪です。
曹操軍の突撃を阻む袁紹軍の弓矢は審配の策ですが、省略されていました。

>ある夜、突然砦の前に数十もの小山が出現し、その上にある櫓から雨のように矢が降り注いできた。

審配の策で小山を築いて矢を射かけます。
アニメでは一夜城のように一夜のうちに完成していましたが、『演義』では「10日するうちに50程の山が」となっています。

>参謀の進言で設計された投石機により、袁紹軍もろともこの櫓を打ち壊し曹操軍の底力を見せ付けた。
一方の曹操は劉曄の策で発石車「霹靂(へきれき)車」を作成し、対抗します。
劉曄が登場しましたが、扱いが・・・
超小物っぽい描かれ方です
『演義』での劉曄はそれほど活躍がありませんが、後に諸葛亮と対峙する司馬懿の意を組んだ進言をするなど特に小物エピは無いのですが・・・?

『演義』ではこの後、審配の策で袁紹軍は地下に坑道を掘って曹操の陣に迫りますが、曹操軍は劉曄の策で堀を掘って撃退します。
アニメではこの坑道作戦は省略されていました。

>対峙して1ヶ月が過ぎた頃、既に曹操軍の食料は尽きかけていた。
兵糧不足で撤退すべきか悩む曹操は許都を守備する荀に意見を請います。
ここに来てようやく荀が登場しました。
しかも荀攸と同じような容姿です
確かに荀と荀攸は甥と叔父の関係ですが、殆ど双子です

このアニメ、展開が早いので武将は場面場面で一瞬しか登場しません。
その一瞬で視聴者が「これは〇〇」、「こっちは▲▲」と判断する必要があり、できるだけ一瞬で人物の判別可能な容姿に描く必要があります。
にも関わらず、この両名の酷似ぶりでは視聴者が混乱してしまいます
相変わらず視聴者に優しくないアニメです。

徐晃が袁紹軍の糧道を発見、曹操に報告し輜重隊を攻撃します。
アニメではあっさりした描かれ方でしたが、『演義』では徐晃配下の史渙が袁紹軍の間者を捕らえます。
間者の自白で袁紹配下の韓猛が兵糧を輸送してくるのを知ります。
曹操は荀攸の進言で徐晃を先鋒に張遼、許褚を後詰として出撃させ、輜重隊が襲われた事を知った袁紹は張郃と高覧を派遣しますが徐晃、張遼、許褚に撃退されます。

アニメでは輜重隊の指揮官は戦死となっていましたが、『演義』では韓猛は逃げ帰り激怒した袁紹により雑兵に降格されます。

審配が「兵糧を集積している烏巣を大群で守備するよう」進言、袁紹は淳于瓊に守備を命じます。
『演義』では審配の進言はアニメ同様ですが、袁紹は審配を鄴都に戻し兵糧の確実な補充を命じます。
その後、淳于瓊は眭元進、韓莒子、呂威璜、趙叡とともに烏巣の守備に向かいます。

>許攸はその密書を携え、袁紹に今こそ攻めかけるべきと進言したが、以前許攸が曹操と友人であったことから、計略ではないかと疑われてしまうこととなる。

この辺りは『演義』とほぼ同様です。
『演義』では許攸の息子と甥(アニメでは甥のみ)が賄賂を貰っていた事が、鄴都に戻った審配から報告されます。

>落胆した許攸は袁紹を離れ、古き友人曹操のもとへ走った。
許攸の投降、曹操とのやり取りも『演義』通りです。
ただ、淳于瓊を「能なし」と言っていましたが、少し言い過ぎです。
『演義』では「気性が激しく酒好きで、多くの兵士に恐れられていた」と言うだけ(張飛の表現と近い)で、特には無能という表現はありません。

今回は官渡の戦いの前半でしたが、多少の省略こそ有りましたが、大筋で『演義』通りに描かれていました。
赤壁の戦いと並ぶ一大決戦にも関わらず、余り大々的に描かれることの少ない官渡の戦いですが、前後半の2回に分けて描いている当アニメの意義は大きいと思います。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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