FC2ブログ

当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

天地人 第28回「北の独眼竜」

今回は天正16(1588)年から、天正17(1589)年11月の後北条家の沼田城将猪俣範直による真田領名胡桃城占領までの話でした。





伊達政宗(松田龍平)が初登場しました。
松田龍平は朝鮮系顔丸出しで、政宗と言う感じではありませんでした
しかもなぜか貧相に見えるうえにチンピラみたいな役どころです

兼続が蘆名領に侵攻しようとする政宗を説得すべく単身米沢に乗り込んで「戦争はダメ」みたいな事を抜かしていましたが、そんな話聞いたことありませんまぁ史実ではないでしょう。
この会見、兼続=平和、政宗=戦争みたいな単純な図式で描かれていましたが、秀吉に臣従していない政宗が一戦国大名として領土を拡大するのは当然であり、この時代に現在の頭の中お花畑価値観(平和=善、戦争=悪)を持ち込むほど無意味なことはありません
と思っていたら、次の場面で突如兼続が総大将として「佐渡平定」をおこなっていました

上杉勢が本間高統の居城・河原田城を落城させたあと、床几に座る高統の前で兼続、泉沢元秀が床に座り、頭を下げ「これにてどうか矛をおさめられませ。本間様、私は戦をしに参ったのではありません。いたずらに兵を失うのではなく、本間様、よき国づくりのため是非お力をお借りしたく存ずる」さらにナレーションで「上陸から12日間、こうして本間家を降伏させたのでございます」と・・・・
実際は仕掛けたのは上杉勢であり、さらに本間高統は開城降伏などしていません。
河原田城は上杉勢の力攻めを受け落城、高統は嫡子・統之とともに自刃しています。

本間家を滅ぼして手に入れた金山で、金山奉行のような事をしている兼続に、政宗が蘆名家を滅ぼしたとの書状が届き、自分達の佐渡を武力制圧、金山強奪は棚に上げ激怒していました。
佐渡金山強奪は『義』であり、『愛』の平定で戦争ではないようです?
自分達の戦争は愛であり義であるが、他人の戦争は徹底的に非難する・・・タチが悪いことこの上ない、まるで支那政府のようです。

リアリティに欠ける創作、脚本を創るがために、史実との整合性が失われ、さらに意味不明な解釈になり、話が崩壊していくダメパターンですね
関連記事



最後までお読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
↓↓↓
宜しかったらクリックお願いします


人気ブログランキングへ

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ
検索フォーム
正定事件の真実
戦史検定を受けよう!
当ブログは
「戦史検定」を応援します
戦史検定
カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
御英霊の鎮まる処
殉国の御英霊に
感謝の誠を捧げましょう
靖國神社
兵庫縣神戸護國神社
大阪護国神社
プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

拙ブログを参照した際はリンクを張って頂けたら嬉しいです
(^o^)
--------------
※掲載写真・資料の
無断転載は禁止します。

リンク
最新コメント
埼玉西武ライオンズ
埼玉西武ライオンズ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる