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最強武将伝 三国演義 第16話「官渡の戦い(後編)」

今回は官渡の戦いでの許攸の献策に従い曹操が烏巣を襲撃から、袁家滅亡、郭嘉死去まで(『演義』第30回途中~第33回最後)です。





曹操は袁紹の兵站基地を狙った。
兵站基地を焼き払われていることを知った袁紹は、一軍を兵站基地救援へ、また参謀・郭図の進言により張郃と高覧率いる一軍を手薄となっているはずの官渡の砦へ派遣した。
しかし、兵站基地を襲った曹操軍は少数であり、本軍は官渡にあった。
袁紹軍は官渡で待ち伏せに遭い、散々に打ち破られた。
また、兵站基地救援に向かった部隊も計略にかかり敗れ去った。

己の策が敗れ去ったことを知った郭図は保身を計り、官渡を攻撃した張郃と高覧は曹操方に通じていると噂を流し、罪を2人に着せた。
濡れ衣を被せられた張郃と高覧は仕方なく曹操に下り、曹操もこれを快く受け入れた。
袁紹の兵站を断ったものの、依然情勢は曹操が不利である。

その頃、曹操が最も信用する参謀・郭嘉が病魔に襲われていた。
見舞いに来た曹操に郭嘉は生涯最後の策を授ける。
曹操軍は、兵站を失った袁紹軍の退路を断つと見せかけ、袁紹軍が二手に別かれ兵力が分散されるのを待った。
すると、袁紹は期待通り軍を分けてしまう。
この機を逃さず曹操は一隊ずつ袁紹軍を完全に壊滅させた。
しかし、この官渡の戦いを勝利に導いた参謀の郭嘉は、戦い半ばにしてこの世を去った。
郭嘉の墓を前に曹操は1人涙する。
<登場人物>
曹操
郭嘉
荀攸
許攸
夏侯惇
張遼
徐晃
許褚
曹洪
曹仁


袁紹
田豊
沮授
郭図
張郃
高覧

淳于瓊
韓莒子?
呂威璜?
蒋奇
   ※赤字:初登場


今回は「官渡の戦い(後編)」ということでしたが、実際にアニメでは袁紹死去、郭嘉死去が描かれており袁家滅亡までの話だったようです。
「ようです」と言うのは官渡大敗後の袁紹及び袁家の動向が『横山 三国志』バリに端折られ(ナレで超簡単に解説)たため、袁紹死去後の部分は全く描かれていませんでした。

この後の劉備が劉表を頼るキッカケとなる曹操との戦いも描かれていないので、次回を見てみないと何とも言えませんが、かなり省略されているようです。

では順を追って『演義』との相違を解説したいと思います。
>曹操は袁紹の兵站基地を狙った。
曹操自ら烏巣に向かいます。
アニメでは曹操と張遼、徐晃のみでしたが、『演義』ではさらに于禁、許褚が出陣(兵5,000)します。
襲撃に向かう兵達が「枚(ばい)」を噛んでいました
『演義』には“人は枚を含み、馬は口を縛って・・・”の描写があり、変に原作に忠実な場面でした。
ちなみにアニメでは道中で曹操が命令違反した兵を切り捨てていましたが、『演義』にはない場面です。

アニメでは烏巣まで何事も無く到着していましたが、『演義』の曹操軍は袁紹配下の蒋奇を偽装し進軍、途中何度か袁紹軍に出くわしますが偽装がバレる事無く烏巣に到着します。

また、『演義』では、曹操による烏巣襲撃は陣中に監禁されている沮授に見抜かれますが、アニメでは省略されていました。

>兵站基地を焼き払われている
烏巣の守備を預かる淳于瓊が他の2将と酒を飲んでいました。
『演義』によると淳于瓊は眭元進、韓莒子、呂威璜、趙叡とともに守備に就きますが、眭元進と趙叡は兵糧輸送から帰ってきた際に曹操襲撃に遭遇、援軍として駆けつけるので、この淳于瓊と酒を飲んでいた2将は韓莒子と呂威璜と思われます。

アニメでは淳于瓊は張遼に討取られていましたが、『演義』では曹操軍に捕まり、鼻、耳、両手の指を切り落とされ袁紹を辱めるため送り返されます。
逃げ帰った淳于瓊は、烏巣が襲撃された顛末を知った袁紹により殺されます。
三国志にはこのような支那人特有の残虐な描写が数々出てきますが、さすがに子供向け番組では省略されていました。
この淳于瓊への仕打ちに変わり、アニメでは武将の首2ッ(誰かは不明)と、曹操からの書状で代用していました。

蒋奇が援軍に出陣、袁紹軍を偽装(アニメでは曹操軍を撃退した淳于瓊軍、『演義』では撤退してきた淳于瓊軍)した張遼に討取られるのは『演義』と同様ですが、蒋奇が腑抜けとは書かれていません。

>兵站基地を襲った曹操軍は少数であり、本軍は官渡にあった。
アニメには官渡の守備隊の描写がありませんでしたが、『演義』によると荀攸、賈詡、曹洪、許攸が本陣、夏侯惇、夏侯淵、曹仁、李典が伏兵となり万全の体制です。

張郃、高覧と郭図の献策失敗は『演義』通りの結末です。
ただ、先週主に登場していた審配に代わり、急に郭図が出てきました。
先週の記事でも述べたように、審配は鄴都に兵糧の補充に戻っています。
この郭図は『演義』、『正史』ともに同じような描かれ方で出す策がことごとく裏目に出た挙句、保身を図ろうとするかなり無能な幕僚(特に『演義』)として描かれています。
アニメもその影響を受けてか、醜悪な容姿に描かれていました。

張郃、高覧と曹操軍が戦いますが、曹操が兵を撤退さたため、袁紹軍にはまだ余力があるように見えました。
実際は本陣、伏兵、さらに烏巣から戻った曹操に4方から包囲され、袁紹軍は惨敗し張郃、高覧は辛くも脱出します。

張郃、高覧が投降したのが、曹操の本陣攻撃に失敗し帰陣した「後」になっていましたが、これでは本陣攻撃をゴリ押した郭図の策が失敗したことが明白になってしまいます。
実際は張郃、高覧が敗れたのを知った郭図が素早く袁紹に両名が曹操に内応していると讒言、さらに張郃、高覧にも帰陣したら処刑される旨を告げて帰陣しないように仕向けます。

郭図が保身を計るには策が失敗したのは張郃と高覧のセイにしたうえで、さらに両名に弁解させてはならず、曹操に内応していると偽造しなければならないのに、アニメの描き方では郭図の保身策は破綻してしまいます。

>その頃、曹操が最も信用する参謀・郭嘉が病魔に襲われていた。
張郃、高覧の投稿直後に郭嘉が病臥していました。
『演義』ではまだ先の話です。

>兵站を失った袁紹軍の退路を断ち(黎陽を攻撃)、さらに本拠・鄴都を衝くと見せかけ、袁紹軍が二手に別かれ兵力が分散されるのを待った。
この策が郭嘉の最後の策のように描かれていましたが、実際は荀攸の策です。
後述しますが、袁家討伐の場面を全省略したので郭嘉の最期をこの場面に挟まないとならなかったようです。

また郭図が「ご子息と他の将にそれぞれ援軍に向かわせ」と言っていましたが、ご子息=袁尚が鄴都、他の将=辛明が黎陽です。

『演義』ではこの兵力分散の後に
>この機を逃さず曹操は一隊ずつ袁紹軍を完全に壊滅させた。

とありますが、『演義』ではこの分散策の直前に張郃、高覧による袁紹軍に対する夜襲が行われ、袁紹軍は大敗、さらにこの分散策により総攻撃を受け、黄河を越えて敗走します。

敗走中に袁紹は獄中の田豊に宝剣を送り、意を悟った田豊は自害します(ナレで処理されていました)。
ご存知の通り、逢紀の讒言と田豊の自害ですが、アニメでは悪役の逢紀が省略されているため袁紹の独断のようになっていました。
実際、袁紹の狭量と短気が原因なので、近からずも遠からずと言ったところでしょうか。

袁紹敗走により監禁されていた沮授が曹操に捕まります。
アニメでは降伏を進める曹操に対し、沮授はあくまで袁紹に忠義を貫き降伏を拒否、曹操は沮授が逃亡するのを承知で開放し、即許褚が射殺します
・・・これはなかなか酷い描き方です

この場面、最後まで袁紹に忠義を尽くす沮授の最期と、忠義と才能を愛する曹操の一面を描いた場面ですが、アニメでは『演義』でのこう言った曹操像を完全に抹殺して、単なる悪人として描いています。
実際は関羽同様、沮授の才能と忠義心に感じ入った曹操は厚くもてなし、陣中に留めます。
それでも沮授は翻意すること無く、馬を盗んで袁紹の元に去ろうとして怒った曹操に殺されます。
死の間際まで顔色一つ変えなかった沮授の様子に曹操は誤って忠義の士を殺してしまった事を嘆き、「忠烈沮君之墓」と墓碑をしるし沮授を手厚く葬ります。

アニメでは数年後、袁紹は冀州で病死した」とだけ語られ、その後の袁家の動向は前述したように『横山 三国志』並の省略です。

『横山 三国志』の官渡の戦いは僅か半ページでしたから、2話使ったアニメの方が遥かに上なのですが、その後の袁家の動向がナレの解説もなく終わるのは頂けません。
袁紹病死のあとに一言、「袁紹死後、曹操は袁紹の息子や残党を次々と平らげ華北を平定、いよいよ大陸制覇に乗りだした」とで付け加えておけば、視聴者にも分かりやすかったと思うのですが・・・相変わらず視聴者に優しくないアニメです。

三国志は長大な物語なのでアニメ化するにあたり、ある程度の省略、脚色、改変はやむを得ないと思います。
ただ、省略した部分で本筋に関係ある部分はナレーションで補足していかないと三国志を知らない人は混乱してしまいます。
「三国志を知っている人しか見なくて結構」という制作者側の意図があるなら別ですが・・・

では、「その後の袁家の動向」を簡単に述べておきたいと思います。
袁紹、曹操に惨敗し蒋義渠の守る黎陽に到着、蒋義渠が各地に散らばった袁紹の手勢を集める

田豊の言うことを聞いていたら、こんな事にはならなかったと後悔

逢紀が「田豊があざ笑っている」と袁紹に讒言

袁紹、怒って田豊に死を命ずる

官渡の敗戦の痛手から政務を見れない袁紹に妻の劉氏が世継ぎを決めるよう促す

袁紹、長子・袁譚、末子・袁尚のどちらにするか決められず

袁紹、再び曹操に戦いを挑むべく倉亭に布陣

袁紹、曹操両軍戦うも勝敗つかず

曹操、袁紹軍を誘引し、程の献策した「十面埋伏の計」により袁紹軍を壊滅させる
袁紹、敗戦の衝撃で吐血

劉備、袁紹に帰順した劉辟、龔都とともに許都を襲う

曹操、曹洪を袁紹の押さえに残し、汝南で劉備と戦うも敗れる

曹操、別働隊を駆使し高覧を失うも劉辟、龔都を討ち取り劉備を撃破、劉備は劉表を頼り落ち延びる

曹操、再び官渡に出陣し袁紹と戦う

袁紹、寵愛する末子・袁尚が張遼に惨敗したのを聞き、衝撃のあまり死去
妻の劉氏、袁紹に無理やり袁尚を世継ぎと指名させる

弟に家督を奪われた袁譚、黎陽で不服ながらも当面の敵である曹操に袁煕(次弟)、高幹(袁紹の甥)とともに当たるも連戦連敗し黎陽を失う

曹操、冀州に進軍するも袁尚軍の防御の前に苦戦

郭嘉の「末子を世継ぎにしたため、放っておけば必ず仲違いし弱体化するので、先に劉表を討つように」との献策を入れ撤退

袁譚、袁尚を殺害しようとするも露見して袁尚軍に敗れ、曹操に降伏

曹操、劉表・劉備軍と対峙するも、華北に向かう

袁譚が曹操とともに袁尚を倒したのち、曹操をも倒そうと企てているのを呂曠・呂翔(元袁尚の武将で袁譚に降伏)から聞く

袁尚、審配の策に従い先に袁譚を攻撃

曹操が冀州に進軍したのを聞き、袁尚取って返すも惨敗、袁煕の下に落ち延びる
冀州城陥落し審配処刑される

袁譚、曹操から冀州を奪おうと劉表に加勢を求めるも断られ、南皮に立籠るも敗死

曹操、幽州の袁煕・袁尚、并州の高幹を攻撃

袁煕・袁尚、遼西の烏桓を頼り落ち延びる
高幹、呂曠・呂翔の偽降の前に敗北し、劉表を頼る途中、王琰に殺される

曹操、郭嘉の進言に従い、一気に烏桓征伐に乗り出す

郭嘉、病に罹る

袁尚・袁煕、烏桓族長の蹋頓とともに出撃するも張遼、許褚、于禁、徐晃に惨敗し遼東の公孫康を頼る

郭嘉、死去する
死去に際し最後の計略を曹操に残す

計略とは「公孫康はかつてから袁氏の圧力を恐れているので、もしこちらから攻め込めば袁尚、袁煕と合力して戦うが、放置しておけば公孫康は袁尚、袁煕を疑い、両名を殺害して降伏してくる」と。
結果、郭嘉の言う通りになります。

次回は早くも三顧の礼です。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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