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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

岐阜護國神社

岐阜城のある金華山北麓に岐阜護國神社が鎮座しています。
岐阜護國神社 境内
▲岐阜護國神社 境内

【参拝日】
平成22年7月22日





岐阜護國神社
は戊辰の役以降、大東亜戦争に至るまで国難に殉じた岐阜県出身(主に東濃・中濃地方)、及び縁故のある英霊37,800余柱がお祀りされています。

一の鳥居前にある駐車場周辺に以下の慰霊・石碑類が建立されています。
慰霊塔
慰霊塔

岐阜新聞社 献納国旗掲揚台
岐阜新聞社 献納国旗掲揚台

天皇陛下御製 歌碑
川の辺に あまたの人のつどひ来て 振るともしびを遠く望みぬ
御製

青年日本の歌
青年日本の歌 碑
▲『青年日本の歌』の別名は有名な『昭和維新の歌』の事です。

日本傷痍軍人会
日本傷痍軍人会 碑

平和一神
平和一神

平和祈念の碑
平和祈念の碑

境内内にも各種顕頌、慰霊碑が建立されています。
聖訓五箇条(軍人勅諭)
軍人勅諭 碑

英霊顕彰歌碑
十本の 指にたとえる はらからを 神とあおぎて いさをしのばむ
英霊顕彰の歌碑

御国思慕 防人像
御国思慕 防人像
▲“防人”はサイパン島守備隊の事を表しています

サイパン島では福井県鯖江で編成された歩兵第百三十六聯隊が優勢な米軍上陸部隊を相手に勇戦敢闘ののち玉砕しました。
聯隊の補充区は当初福井県北部でしたが、後に岐阜県に変更されます。

平和之碑
岐阜県フィリピン慰霊碑建立奉賛会建立
平和之碑
▲フィリピンでは岐阜県を補充区とした獨立歩兵第十二聯隊が玉砕しています。

鎮霊社
鎮霊社

鎮霊社建立の主旨を記した碑
サイパン島・テニアン島遺族会

奉安殿
奉安殿

大八洲
大八洲
▲大八洲とは我が国の美称です

境内周辺に隣接する岐阜公園内には下記の満蒙開拓青少年義勇軍の慰霊碑が建立されています。
ただ、この公園は見て頂ければ分かりますが支那風の営造物があり、日中友好に偽装し中共政府の騙る捏造史観を記した石碑が建てられ神域を穢しています。
満蒙開拓青少年義勇軍として倒れた諸先輩もこれでは浮かばれません・・・。
満蒙開拓青少年義勇軍 栗田中隊慰霊碑 (地図
満蒙開拓青少年義勇軍 栗田中隊慰霊碑

満蒙開拓青少年義勇軍 田中中隊碑 (地図
満蒙開拓青少年義勇軍 田中中隊碑

満蒙開拓青年義勇軍 伊藤中隊慰霊碑 (地図
満蒙開拓青少年義勇軍 伊藤中隊慰霊碑

護國神社境内はかつて長良川の河川敷で、河童がいたと言う伝説にちなみ河童を祀る「河童堂」がありあちこちに河童の置物があります。
河童堂

岐阜護國神社 略歴>(岐阜県岐阜市御手洗393  058-264-4321)
明治4(1871)年、大垣市に大垣招魂社(後の濃飛護國神社)、明治12(1879)年、高山市に飛騨招魂社(後の飛騨護國神社)が創建されますが、岐阜県多治見市他10郡には長らく招魂社はありませんでした。

明治41(1908)年3月7日、岐阜市に歩兵第六十八聯隊が、大正7(1918)年11月10日、各務原に航空第二大隊が衛戍、招魂社創建の機運が高まります。
大正7(1918)年、歩兵第六十八聯隊長・金田房吉大佐は鹿子木小五郎・岐阜縣知事並びに市町村長、在郷軍人他有志と共に護國神社建立を企画しましたが、実現しませんでした。

昭和14(1939)年3月15日、内務省令第十三號『招魂社ハ之ヲ護國神社ト改稱ス』が発令されたのを機に2市10郡209ヶ村の代表者により、昭和14(1939)年3月10日、内務省に岐阜護國神社の創建が出願され、後藤文夫・内相より許可を受けます。

昭和15(1940)年11月、社殿が竣工、19日、鎮座の儀が、20日、幣帛供進の儀が執り行われ岐阜護國神社が創建されました。

現在、大東亜戦争に至る殉国の御英霊37,800余柱がお祀りされています。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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