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最強武将伝 三国演義 第28話「劉備の結婚(前編)」

今回は劉備に南郡及び荊州を攻略された周瑜の動きから、劉備の呉夫人との婚姻前夜(『演義』第52回~第54回途中)です。





諸将が見守る中、周瑜は一命を取り留めた。
すぐさま荊州、襄陽を武力で持って取り返そうとするが、参謀の魯粛と程普の進言を容れ、劉備に道理を説き取り返すことにした。

劉備のもとを訪れた魯粛は荊州の明け渡しを迫ると、諸葛亮は荊州のもと長官劉に返すべきだと主張したが、病中の劉が他界したのちに呉へ明け渡すと約束した。

この報告を聞いた周瑜は納得できず、すぐにでも攻めかかろうとしたが、参謀たちの勧めで柴桑にて療養することとなる。
傷が癒えた周瑜は小喬との別れを惜しみながら、すぐさま戦場に戻る。

戦況は、曹操が支配する合肥を孫権が攻めていたが阻止され、劉備軍は桂陽、武陵、長沙を支配し、名将・黄忠を傘下に加えていた。
荊州の劉は他界しており、魯粛が明け渡しを迫ったが、劉備軍が西川を平定後に明け渡すとの答えであった。

戦況を聞いた周瑜は不満であったが、劉備の妻が他界したと聞いて妙計を思いついた。
孫権の妹と劉備の婚儀を整え、劉備が出向いたところを拘束し、人質として諸葛亮に荊州明け渡しを迫るつもりである。
呉の特使から縁談の話を聞いた劉備は暗殺を危惧するが、諸葛亮は大笑いして受諾を勧めた。
諸葛亮曰く、暗殺どころか劉備は新妻を手に入れ、荊州を奪われる心配もないと言う。

劉備は婚儀を受け、南徐に向かうことになる。
諸葛亮は供をする趙雲に3つの錦袋を渡し、袋に入っている計略通り事を進めるよう指示し、自らは荊州に居残ることにした。

南徐についた趙雲は、早速1つ目の錦袋から諸葛亮の指示を実行した。
それは南徐の住民全てに、孫権が妹を劉備に嫁がせようとしていることを知れ渡らせることである。
また、劉備に大喬と小喬の父親である喬国老のもとへあいさつに行かせた。

孫権の母親、呉国太を喬国老が祝いを言いに訪ねた。
何も知らなかった呉国太は激怒し、孫権を呼びつけ叱りつけた。
しかし、既成事実が世に明るみになっているため、取りやめることもできない。
そこで呉国太は劉備を直接見極め、娘に見合う相手か判断すると言い出した。
孫権は甘露寺にて劉備と呉国太を引き合わせる予定だが、待ち伏せをして劉備を暗殺することにしたのであった。
<登場人物>
劉備
諸葛亮
趙雲
劉

孫権
周瑜
魯粛
程普
呂範
周泰
喬国老
呉国太



前回の記事で憂慮した通りの省略(さらにひどかった)がされました
今回は劉備陣営、曹操陣営、孫権陣営にとって大きな戦いが2ッあり、それぞれに智謀・武勇を掛けた三国志らしい見所がある面白い回ですが、その両方がナレで済まされるというなかなかの驚愕の構成でした。

>劉備のもとを訪れた魯粛は荊州の明け渡しを迫ると、諸葛亮は荊州のもと長官劉に返すべきだと主張したが、病中の劉が他界したのちに呉へ明け渡すと約束した。
たいした事ではないのですが、劉備が劉に対して上からの物言いをしていました。
劉備は劉の父・劉表の客分(舎弟)で劉の義理の叔父扱いではありますが、立場的には下であり劉は劉備の主筋です。
『演義』でも劉備は劉を「公子」と敬称で呼び敬語で話しています。

このアニメ、しばしばこのような場面(周瑜が程普、孫権が周瑜にに命令口調など)が見られ、人物の繋がりを無視した言葉遣いに違和感を覚えます。

>傷が癒えた周瑜は小喬との別れを惜しみながら、すぐさま戦場に戻る。
「合肥」の読みは「がっぴ」「ごうひ」と文献によって異なるので良いのですが、「柴桑」(さいそう)を「しそう」は頂けません
聞いたこと無い読み方です。

また小喬との一時が描かれていましたが、創作の場面です。
ただ、『演義』にほとんど登場しない小喬をちょいちょい登場させて周瑜の人間性を演出するのは良いと思います。

>戦況は、曹操が支配する合肥を孫権が攻めていたが阻止され、劉備軍は桂陽、武陵、長沙を支配し、名将・黄忠を傘下に加えていた。
こっこっこ・・・これは・・・・・('д')
合肥の戦い、劉備の荊州南部4郡の攻略戦が見事に2人の武将の報告で片付けられました

しかも、劉備の攻略したのが桂陽、武陵、長沙で真っ先に攻略する零陵は省略されています。
武陵はともかく零陵は桂陽、長沙とともに後に呉に割譲されるだけに、なぜ1郡だけ省略したのか分かりません

『演義』では合肥での戦況が思わしく無い孫権から周瑜に援軍の要請があります。
周瑜は程普を派遣し、自身は柴桑で療養に専念します。(ここはアニメで描かれている通りです)

以下が省略
劉備は伊籍の進言を入れ馬良を登用し、馬良の進言で荊州南部の4郡攻略に動きます。
まずは劉備自ら張飛、趙雲、諸葛亮とともに劉度の守る零陵を攻略、続いて趙雲が趙範の守る桂陽を攻略、さらに張飛が金旋の守る武陵を攻略、関羽が最後の韓玄の守る長沙を攻略します。
関羽と黄忠の一騎打ち、魏延の寝返り、諸葛亮と魏延のイザコザなど、有名な場面、後の伏線など見所満載の場面があります。

続いて程普の援軍を得た孫権と張遼の合戦が描かれます。
孫権は血気にはやり張遼の挑発に乗り大敗、宋謙を失います。
孫権は太史慈が合肥城内の内応者と呼応し、張遼を討ち取り城を落とす、言うのを許可します。
張遼はこの策を見抜き、逆に太史慈を誘引して太史慈に致命傷を与え討ち取ります。

どちらの合戦も劉備陣営ファン、曹操陣営ファンには見所が多いのですが・・・

>荊州の劉は他界しており、魯粛が明け渡しを迫ったが、劉備軍が西川を平定後に明け渡すとの答えであった。
アニメでは魯粛の周瑜に対する報告のみで済まされていましたが、『演義』では魯粛が劉備、諸葛亮と面会しています。
しかも、魯粛は諸葛亮にまんまと嵌められ、誓紙に自著までして劉備陣営による「西川を取るまで荊州は借りる」ということを認めてしまいます。

>戦況を聞いた周瑜は不満であったが、劉備の妻が他界したと聞いて妙計を思いついた。
アニメでは「劉備の妻が他界したのを口実に劉備が会談に出てこない」と魯粛が話しています。
前述のように劉備はそのような女々しい事はせず、諸葛亮とともにまんまと魯粛を嵌めます。

その後の展開は概ね『演義』通りでした。
劉備の婚姻こそナレで処理、合肥や荊州南部の攻略戦を描いた方がこのアニメの題名「最強武将伝」に相応しく遥かに三国志として面白いのですが・・・

エンディングのテロップで「周泰」が出ていたようですが・・・どこに????
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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