当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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最強武将伝 三国演義 第33話「劉備、蜀に入る」

今回は劉璋が劉備を蜀に招くところから、龐統の戦死、諸葛亮が援軍として蜀に向かうところ(『演義』第60回途中~第63回途中)です。




劉璋のもとへ帰った張松は劉備を招き入れるよう説得する。
そして劉璋からの正式な依頼が劉備のもとへ届いた。
そこで劉備は龐統を連れ西川救援へと向った。

これに感付いた孫権は荊州への出兵を計画する。
しかし、呉国太が現れ娘玉錦の身を案じ激怒した。
そこで張昭が孫権に入れ知恵をし、まずは玉錦と劉備の子の阿斗を連れ帰ることにした。
周善が玉錦を訪れ、呉国太が重病であるため、阿斗を連れて見舞いに来て欲しいと伝えた。
玉錦は信じ込み、周善に言われるまま呉に帰ることにした。

船で岸辺を離れようとした時、趙雲が駆けつけてくる。
周善以下呉軍が攻め懸ける中、張飛の助けもあり、周善を斬り倒し阿斗を奪ってしまった。
玉錦は1人で帰ることになった。 

周善が斬り倒されたと聞き、孫権は荊州に攻め入ろうとするが、そこへ曹操出兵の知らせが届く。
赤壁の仕返しをしに、江東へ攻めかけてくるという。
仕方なく、孫権は曹操を迎え撃つことになった。
この戦いで曹操は序盤から劣勢であったが、1ヶ月も戦った結果、呉からの講和を受け入れ、兵を退くことになる。

その頃、西川では張松が処刑された。
彼は密かに劉備と結託して西川を奪う計画を巡らしていたのだ。
その結果、劉璋は劉備を西川に入れまいとした。

そこで、劉備はついに西川攻撃に出た。
劉備軍は龐統の指揮により連戦連勝を重ね、勢いに乗じて兵を二手に分け雒城を奪おうとしていた。
1隊を劉備が、もう1隊を龐統が指揮を執る。
龐統が道を進んでいる時、ふと現在地を訪ねた。
そこは、落鳳坡という所であった。
鳳雛と称される龐統が不吉に思った刹那、密林から伏兵が現れ、何本もの矢が統に突き刺さり、鳳雛は落命してしまった。

荊州にいる諸葛亮は鳳雛落命の知らせを聞くと、声を失った。
しかし劉備の身を考え、すぐさま張飛と趙雲を連れ西川へ赴くことを決意する。
留守となる荊州は、北の曹操は拒み、東の孫権と協力せよとの言葉を残し、関羽に守らせることにした。
<登場人物>
劉備
龐統
黄忠
魏延
関平
諸葛亮
関羽
趙雲
張飛
劉禅(阿斗)

劉璋
張松
李恢
冷苞
賢


孫権
張昭
魯粛
丁奉
周善
孫夫人
呉国太

曹操
程
許褚
張遼



今回は劉備の入蜀、孫夫人の呉帰還、曹操と孫権が戦った濡須口の戦い、落鳳坡での龐統戦死と、盛り沢山の内容でした。
内容が詰まった回なので、どのようにまとめるかと思っていたのですが・・・かなり残念なまとめ方でした。

>劉璋のもとへ帰った張松は劉備を招き入れるよう説得する。
張松が劉璋に報告する前に『演義』では法正と孟達と劉備を手引きする密談をします。
その後、張松は劉備への使者としてこの両名を推挙します。
アニメではこの劉備を招くという張松の策に李恢が反対していましたが、『演義』では黄権と王累が反対します。

>そこで劉備は龐統を連れ西川救援へと向った。
劉備が何かよく分からない理由で出兵を悩んでいました?
「西川を私に譲る気があるのであろうか?」・・・???
劉璋が蜀を譲ることが前提になっています

アニメでは劉備勢は龐統、黄忠、魏延だけでしたが、『演義』では劉封と関平が同道します。

劉備出兵後の顛末が全て省略されていました。
涪城まで迎えに行こうとする劉璋に対し黄権、王累、李恢が諌めます。
特に王累は楡橋門から吊り下がって決死で諌めます。
この場面はぜひとも描いて欲しかったところです。

会見後、劉樻、張任、冷苞、賢も劉備に気を許さないよう諌めます。

さらに翌日の宴席で龐統が魏延に剣舞を舞うフリをして劉璋を暗殺しようとするも、それに気付いた張任らに防がれて失敗します。

そして、劉備が蜀に入った表向きの理由である張魯が動き出し、劉備勢は葭萌関に向かいます。
一方、周囲の度重なる進言に劉璋も、ついに涪水関に楊懐と高沛を入れて防備を固めます。

>これに感付いた孫権は荊州への出兵を計画する。
アニメでは劉備の出兵を受けて魯粛が進言、丁奉が賛同していましたが、『演義』では顧雍が進言(丁奉は未登場)します。

>そこで張昭が孫権に入れ知恵をし、まずは玉錦と劉備の子の阿斗を連れ帰ることにした。
この孫夫人の呉帰還と趙雲・張飛による阿斗奪還はだいたい『演義』通りでした。

>仕方なく、孫権は曹操を迎え撃つことになった。
濡須口の戦いです。
アニメでは省略されていましたが、この曹操出陣の直前に曹操が董昭の進言で魏公の位に登ろうとしたのに対し、荀が反対、曹操に恨まれて自害します。
このアニメでは荀の扱いが軽いので省略も仕方ないのですが、三国志ファンにとっては大きい存在かつ悲劇的な最期を遂げるので欲しい場面ですが・・・。

戦いの内容はおおよそ『演義』通り、といっても特に具体的な事は書かれず「対陣は月余に渡り、小競り合いを繰り返す」とあるだけです

曹操と孫権が正面から戦った初の戦いと言えども、特に内容も誰の活躍も無い戦いなので曹操が見た「日輪の夢」など、時間を割いてまで『演義』通りに忠実に描く必要があるのか疑問に思います。
この戦いよりは遥かに見所のある「袁紹討伐戦」や「合肥の戦い」などを省略したように、ナレで良かったと思います。
結局、この後の展開にしわ寄せが行くのですが。

>その頃、西川では張松が処刑された。
龐統の進言で劉璋の心を試した結果、蜀攻略を決した劉備が偽って撤兵すると見せかけたのを本気にした張松が、劉備の翻意を促す為に書いた手紙を兄の張粛に見つかり、劉璋に届けられ処刑されます。

アニメは張松、法正、孟達が劉備に密通していることが省略され、ここでやっとナレで内応が語られます。

重要な場面を省略し、その後のつじつまを合わせるために改変をしたため『演義』を知っている人であれば、今回の展開は「あれ?」と疑問に思う場面が多いのではないでしょうか。

>その結果、劉璋は劉備を西川に入れまいとした。
アニメでは劉備と劉璋の会談などがゴッソリ省略されていたので、劉備はまだ蜀の地に一歩も入っていないことになっています。

>そこで、劉備はついに西川攻撃に出た。
『演義』ではすでに蜀に入っているのですが、アニメでは正面から蜀攻撃に出ます。

『演義』では楊懐と高沛の護る涪水関を両者の暗殺計画の裏をかいて占拠、足がかりにしますが、アニメでは省略され、次の雒城の戦いから描かれています。

黄忠と魏延の先陣争い、魏延の抜け駆け、冷苞と賢の連携、魏延の窮地を黄忠が救い賢を射殺、冷苞の陣を劉備が占拠(関平が登場するも劉封は未登場)、と『演義』通りに展開します。

が、陣を奪われた冷苞が撤退中に魏延に討取られてしまいます
確かに冷苞は後に斬首されますが、しばらく後のことです。

>劉備軍は龐統の指揮により連戦連勝を重ね、勢いに乗じて兵を二手に分け雒城を奪おうとしていた。
冷苞はこの時は魏延に捕らえられるも、劉備に雒城の劉樻と張任を降服させるのを条件に解放されます。

劉璋は雒城に呉懿、劉循、呉蘭、雷銅を派遣します。

冷苞は劉備の陣が低地にあるので、水攻めにしようと進言します。

と、ここで孫権の策で張魯が劉備の退路を断つべく動き出したので、劉備は葭萌関に孟達と霍峻を派遣します。

龐統の宿舎に彭ヨウが訪れ、水攻めに注意するよう促します。

警戒していたところ大雨が降り、冷苞が堤防を破ろうとするところを魏延に急襲され捕らえられ劉備の命で斬首されます。
アニメでは「劉備軍は龐統の指揮によって行く手を妨げる劉璋軍を撃滅、勝ちに乗じて前進し・・・」とナレが入りましたが、上記のように特に龐統の指揮や劉璋軍を撃滅と言う程の戦いもありません

『演義』では諸葛亮が、天文を読み劉備勢の危機を知らせてきたのを受けた劉備が、一度荊州に戻ろうとするのを龐統が「自分の手柄を妬んだ」と思い込み、進軍するように劉備を説得します。
アニメではこの諸葛亮を妬んだ龐統の感情は省略されていました。

結局、劉備は龐統の進言を受けて進撃、雒城の西門と東門に通じる道を2手に分かれて進みますが、アニメではなぜ軍を2手に分けたのかが説明されませんでした。

>荊州にいる諸葛亮は鳳雛落命の知らせを聞くと、声を失った。
アニメでは諸葛亮が関平の知らせを受けて初めて龐統戦死を知りましたが、『演義』では天文を見て龐統の死を知ります。
このように『演義』では諸葛亮がしばしば天文を見て色々な情報を得ますが、アニメでは完全に省略されており諸葛亮の卓越した能力の一つが削られて描かれています。
諸葛亮の天文との密接な繋がりは、後に北斗星に祈り寿命を延ばそうとする伏線となるのですが、これが描かれていないと唐突な印象を受けると思うのですが・・・

>留守となる荊州は、北の曹操は拒み、東の孫権と協力せよとの言葉を残し、関羽に守らせることにした。
ここで関羽の最期につながる重要な伏線が張られました。
さすがに省略は無かったです。

今回は三国志ファンでもうる覚えで、大して内容の無い「濡須口の戦い」を忠実に描く一方、ファンなら誰もが知っている演義の主役である劉備の飛躍とも言える蜀進軍が大幅に省略・改変されていました。
理解に苦しむ脚本でした・・・
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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