当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

最強武将伝 三国演義 第34話「武将・厳顔」

今回は張飛が厳顔の護る巴城を攻撃するところから、雒城攻略、馬超が張魯の将として劉璋の援軍に出陣したところ(『演義』第63回途中~第65回始め)です。





陸路を行く張飛は諸葛亮から罪なき庶民を傷つけないよう命令されていた。
張飛は、庶民のいない山路を選び、劉備との合流を急いだ。

巴城についた張飛であったが、城を守る老将厳顔は得意の弓を持って頑強に抵抗する。
数日攻め寄せてみたが一向に城は落ちなかったが、張飛は妙計を思いついた。
柴を刈りながら城の裏道を探ると見せつつ、厳顔の密偵が紛れるのを誘った。
そこへまんまと密偵が紛れてきた。
すると張飛は密偵が紛れていると知りつつ、夜半に裏道から巴城を攻めると下命を下した。

密偵から裏道からの城攻めを聞いた厳顔は、自ら兵を率いて、裏道で張飛軍を挟み撃ち殲滅する作戦に出た。
夜半に張飛が裏道に現れた。
その時を逃さんと厳顔は張飛を包囲したが、それは影武者であった。
すると突然後ろから本物の張飛が現れ、厳顔はたちまち包囲され、生け捕りとなってしまった。

巴城に入城した張飛の前に、厳顔が引きずられて来た。
反発する厳顔に対し、張飛は礼を尽くし敬った。
その行為に感動した厳顔は劉備軍へ服従を誓い、張飛へ助力することを決意した。

劉備軍へ合流するためにはいくつもの関所を越えなければならない。
しかし厳顔は先鋒を務め、関所の将軍たちを次々と投降させたため、難なく劉備軍へ合流することができた。
水路をとった諸葛亮も遅れて劉備軍に合流した。

戦力の整った劉備軍は雒城を落す計画に出た。
諸葛亮の計略により、城を守る張任を城から誘き出し、城を簡単に落した。

いよいよ劉備軍は劉璋の本拠地成都に向うこととなる。
しかし、劉璋は張魯と同盟を結び、張魯に加わった馬超を先鋒として攻めかけて来ていると言う。
馬超の勇猛さを知る諸葛亮は、関羽を呼び寄せて戦わせる旨をわざと張飛の前で劉備に伝える。
役不足と思われ憤然となった張飛は、必死に出馬を願い出た。
それを見て諸葛亮は満足そうに笑みを浮かべていた。
<登場人物>
劉備
諸葛亮
張飛
趙雲
黄忠
魏延

厳顔
張任
卓膺



今回は張飛による巴城の攻略と劉備軍による雒城の攻略が2本柱になありますが、両者の扱いに差があり過ぎでした・・・

>張飛は、庶民のいない山路を選び、劉備との合流を急いだ。
農作業をする農民を見た張飛が迂回して山道を進んでいましたが、『演義』では諸葛亮に「むやみに民衆や兵士を傷つけないように」とは言われますが、迂回するような記述はありません。

>巴城についた張飛であったが、城を守る老将厳顔は得意の弓を持って頑強に抵抗する。
厳顔との戦いは珍しく時系列が正確でした。
また、細かい描写が異なりましたが、戦いの内容などは『演義』通りでした。

異なった箇所は
・張飛の降伏の使者の扱い
アニメ→城外で降伏する事を勧め、馬を矢で射られ追い返される
『演義』→厳顔に会い、鼻と耳を削がれ追い返される

・怒った張飛が巴城を攻撃
アニメ→4騎
『演義』→数百騎

・翌日の攻撃
アニメ→弓矢の射撃で追い返される
『演義』→一矢で兜に射当てられる

・3日目の攻撃
アニメ→厳顔に矢で狙われる
『演義』→周囲の山に登って城の様子を偵察

この張飛対厳顔の戦いですが、『演義』では両陣営の登場人物は両名の他は全て「ある者」や「周囲の」となっており固有人物は出てきません。
アニメでは卓膺が厳顔の副将として登場します。
卓膺は『正史』では1回だけ、『演義』では雒城の援軍に劉璋に遣わされ趙雲に降伏、のちに張飛とともに宣撫に向かう程度で、さしたる活躍もなく登場させた意味が分かりません。
『演義』を無視した登場なら呉懿や龐義、許靖などいくらでも有名所がいるとおもうのですが?

今日はこの巴城の戦いで終わるかと思いきや、残り8分程で雒城の攻略も入れてきました

>しかし厳顔は先鋒を務め、関所の将軍たちを次々と投降させたため、難なく劉備軍へ合流することができた。
アニメでは何事も無く劉備に合流していましたが、『演義』では劉備が張任に追い詰められているところに張飛と厳顔が現れます。
劉備は九死に一生を得て、さらに新手の張飛と厳顔を得て、呉懿、劉潰、呉蘭、雷銅に包囲された黄忠と魏延を救い、捕らえた呉蘭と雷銅を降伏させます。

>水路をとった諸葛亮も遅れて劉備軍に合流した。
張飛に続き諸葛亮・趙雲も何事も無く劉備と合流していましたが、こちらも『演義』では張飛が呉懿と張任に挟撃されているところに趙雲が到着し、捕らえた呉懿を降伏させます。

>戦力の整った劉備軍は雒城を落す計画に出た。
雒城の戦いは劉備の「もう何日も攻めているが落とせない」の一言で片付けられました。
『演義』では前記のように劉備が追い詰められるなど結構な激戦が展開されます。

またアニメでは雒城の守将が張任だけのように描かれていましたが、他にも前出の呉懿(劉璋義兄)、劉楯(劉璋の子)、劉潰、呉蘭、雷銅、さらに援軍として張翼、卓膺が加わります。

>諸葛亮の計略により、城を守る張任を城から誘き出し、城を簡単に落した。
アニメでは張任が諸葛亮におびき出された際の伏兵は特に誰も指揮していませんでしたが、『演義』では右が厳顔、左が劉備の手勢です。
張任が出陣した隙に雒城は趙雲が占領していましたが、この時は金雁橋の北岸に伏兵し張任の退却を阻み卓膺が趙雲に降伏します。
張任が黄忠と魏延に捕らえられていましたが、張飛が捕らえます。張任の最期は『演義』通りでした。

『演義』では雒城の劉潰は徹底抗戦を唱えますが、張翼が斬り殺し開城します。

>いよいよ劉備軍は劉璋の本拠地成都に向うこととなる。
『演義』では呉懿、張翼と趙雲が江陽・犍為に、厳顔、卓膺と張飛が巴西・徳陽に宣撫に向かいます。

さらに成都までには費観(劉璋の義弟)と李厳が護る綿竹があります。

>しかし、劉璋は張魯と同盟を結び、張魯に加わった馬超を先鋒として攻めかけて来ていると言う。
曹操に敗れて羌に去った馬超のその後、劉璋と張魯の同盟締結の詳細は省かれていました。
長くなるので詳細は書きませんが、馬超はその後、羌の援軍を得て隴西で勢力を盛り返しますが楊阜と姜叙、援軍の夏侯淵に大敗し張魯を頼ります。

劉璋と張魯は長らく反目していましたが、領土を一部差し出すという条件を受け、馬超の「劉備を捕らえ、領土も貰ってくる」と言う一言にも押され同盟を受け入れます。

>馬超の勇猛さを知る諸葛亮は、関羽を呼び寄せて戦わせる旨をわざと張飛の前で劉備に伝える。
『演義』ではこの会話の前に綿竹攻略があります。
李厳が伏兵により捕らえられ降伏、費観を説得し綿竹は開城します。
関連記事



最後までお読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
↓↓↓
宜しかったらクリックお願いします


人気ブログランキングへ

コメントの投稿

非公開コメント

戦史検定を受けよう!
当ブログは
「戦史検定」を応援します
戦史検定
カテゴリ
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
カウンター
最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
御英霊の鎮まる処
殉国の御英霊に
感謝の誠を捧げましょう
靖國神社
兵庫縣神戸護國神社
大阪護国神社
プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

拙ブログを参照した際はリンクを張って頂けたら嬉しいです
(^o^)
--------------
※掲載写真・資料の
無断転載は禁止します。


●Facebookやってますので本名ご存知の方はぜひ。
目印は水木しげる先生風の自画像です(笑)

検索フォーム
リンク
地図・史資料
埼玉西武ライオンズ
埼玉西武ライオンズ
ライオンズニュース
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる