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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

天地人 第41回「上杉の生きる道」

今回は慶長6(1601)年10月の上杉家の出羽国米沢への減封から翌慶長7(1602)年9月12日の樋口惣右衛門(兼豊)死没までの話でした。
ドラマでは冬を越した描写が無かったのですが、年が変わってます





兼続以下、上杉家臣団が米沢に入った際、上田衆の面々が「ここが米沢か」、「なかなか良いところでございますな」、「家がまばらじゃのう」、「このような地で冬が越せるのかのう」等と口々に文句を言っていました・・・・?
前回は一言も触れなかったので、今回は移封が主な話になるだけにと思っていましたが、最初からこの会話です
会話からすると米沢に初めて入ったような言い回しでした
いやいや、ちょっと待ってくださいよ~
米沢は慶長3(1598)年、上杉家が会津120万石に加増転封された際にしっかり含まれています
しかも、今ドラマの主人公たる直江兼続こそが米沢6万石(寄騎を含め30万石)の領主でした
ようするに上杉家は兼続の領地であった米沢30万石のみが残されたのであり、盟友の佐竹義宣の様に転封ではありません
それを本人の前で領内経営をあからさまな批判って
三成に関ヶ原での挙兵を打ち明けられた大谷吉継もビックリの直言です

上杉謙信の遺骸が米沢に運ばれてきました
会津転封の際にも述べましたが、史実では遺骸は上杉家の移動に従って越後→会津→米沢と移動しているので、敢えて越後に残していた意味が分かりません。
また、今回は直江家の家督相続が大きな柱だっただけに、関ヶ原前夜に越後に残して帰農させた泉沢久秀の子(架空の人物)はどうなったのでしょうか?
残したのが何かの伏線だったと思ったのですが、フル無視です
まったく意味の分からない脚本です。

兼続が財政難の米沢で帰農の進めを打ち出しました。
それに櫻井晴吉(史実では「吉晴」)が応じていましたが、櫻井は帰農などしておらず260石で士分のはずです。
これまた意味の分からない脚本です。

樋口惣右衛門(兼豊)の娘・きた(兼続、大国実頼と腹違い)に婿を迎えていました。
婿は色部与三郎こと色部光長でした。
色部家と言えば謙信に仕えて活躍した勝長、御館の乱で活躍した子の長実など上杉家の重臣で、今まで出てこなかったのが不思議なくらいの家柄です。
史実では光長が娶ったのは兼豊(兼続次女の説もあり)の次女(名前不明)です。
きたが娶ったのは、これまた上杉家の重臣で信濃衆の須田満親の長子・満胤です。
ドラマでは上田衆以外の重臣、武将は殆んど無視なのですから、あえて史実と違う婚姻にしたのか、これまた意味の分からない脚本です。

史実の兼豊の子の動向は
・長子:兼続 ・・・主人公
・次子:実頼 ・・・秀兼の子・光頼を養子とする
・三子:秀兼 ・・・樋口家相続 ← ドラマ登場せず
・長女:きた  ・・・須田満胤に嫁す ← ドラマ登場するも色部光長に嫁す
・次女:不明 ・・・色部光長に嫁す ← ドラマ登場せず
・三女:不明 ・・・篠井泰信に嫁す ← ドラマ登場せず
となっています。

兼続が竹松(のちの景明)に直江家の家督を継がせられない事を伝えていました。
惣右衛門(兼豊)がそれを諭していましたが、ここで三子・秀兼を抹殺していた伏線「竹松には樋口家を継いでもらう」はついに出てきませんでした
ドラマの中で度々歴史を改竄していたにも関わらず、ここでは改竄しませんでした
景明は若くして亡くなるので、どうせ度々歴史を改竄してきたのですから、景明に樋口家の家督を継がせたら良かったのでは?と思ってしまいます

そして惣右衛門(兼豊)が「思い残すことはない」と言って亡くなりました。
おいおいお~~~い!!!
武将として最も重要な事「家名を残す」を忘れてるぞ~~~!!!
史実で家督を継ぐ秀兼を抹殺してしまって誰が家督を継ぐのでしょうか?
竹松でも無く、きたの婿・色部光長も不可能・・・これまた意味の分からない脚本です。

最後に本多政重を婿養子として直江家の家督を継がせることに強硬に反対しし、使者を斬殺、出奔する大国実頼ですが、今のところ動きがありません。
ここも歴史改竄でしょうか?
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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