当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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最強武将伝 三国演義 第35話「陰謀の宴」

今回は劉備・張飛が馬超と対峙するところから、劉璋の降伏、関羽の「単刀会」まで(『演義』第65回~第66回)です。






葭萌関の関所前で張飛と馬超が対陣している。
お互い名乗りを挙げて一騎打ちを展開した。
しかし、夜になっても勝負がつかない。

そこで諸葛亮は馬超を味方に引き込む作戦に出た。
劉璋と張魯を離反させ、更に馬超の謀反を吹き込み、馬超の退路を断った。
その状況を作り出した上で馬超を説得し、味方に引き入れることに成功した。

馬超は自ら劉璋説得を願い出た。
馬超に説得されて劉璋は、この上の抵抗は無意味と思い極め、益州成都の城を明け渡した。

益州を手に入れた劉備のもとへ、呉の諸葛瑾が訪れた。
以前の約束を守らせるためやって来たのだ。
劉備はまずは長砂3郡を明け渡すと約束した。

しかし、諸葛瑾が荊州を訪れると関羽が断固として反対する。
劉備と関羽が善玉と悪玉を演じ分けてうやむやにするつもりでいたのだ。

これを聞いた孫権は激怒するが、魯粛の作戦により、関羽を招いて宴会をすることにした。
招待を断れば荊州を攻撃し、招待を受け宴会の席で荊州返還を断ればその場で刺客を持って殺害する気でいたのだ。
関羽は招待を受け、周倉のみを従え、宴会へと赴いた。
宴会の席で魯粛は荊州返還を関羽に迫った。
しかし関羽は刺客が何人も息を潜めているのを知りつつ、断固として受け付けない。
そして悠然と宴会を後にし、魯粛と諸将たちは呆然と見守るしかなかった。

作戦の失敗を聞いた孫権は、荊州攻撃を実施しようとするが、またも曹操が南下して来るという情報が入った。
孫権は荊州を後回しにして、曹操に備えることとなる。
しかし、曹操は孫権を攻撃するよりも先に張魯を攻め、漢中を手にすることを決意した。
登場人物
劉備
諸葛亮
張飛
趙雲
李恢
関羽
関平
周倉
馬超
馬岱

劉璋
董和

曹操
許褚
曹仁

孫権
諸葛瑾
魯粛
呂蒙



今回は多少の省略があったものの、相変わらず嫌に細かい場面を忠実に描写したりと、謎な回でした。

>葭萌関の関所前で張飛と馬超が対陣している。
いきなり張飛が関から出て行き、馬超と一騎打ちを初めていました。
『演義』での劉備勢の陣容は葭萌関に孟達と霍峻、援軍として先陣が威力偵察隊を率いた魏延、二番手が張飛、後詰が劉備です。
経過はまずは魏延と楊柏(張魯が軍監として付けた)が討ち合い、楊柏が敗走、続いて馬岱と討ち合うも馬岱の射た矢を肘に受けた魏延が後退、張飛が関から出撃し馬岱を退け、追おうとする張飛を劉備が停めます。

翌日、改めて張飛と馬超が一騎打ちを行います。
アニメでは張飛が兵に一騎打ちの合数を数えるように言う描写がありましたが、『演義』には無くなぜそのような描写を挟んだのか不明です。

一騎打ちの描写は凡そ『演義』通りで、馬超が銅槌を繰り出したり、張飛が弓矢で応戦する場面などかなり細かい所まで描かれていました

>そこで諸葛亮は馬超を味方に引き込む作戦に出た。
馬超を寝返らせる描写は程良く省略され、上手くまとめられていました。

李恢の投降が唐突でしたが、『演義』では趙雲の添え状を持って劉備の前に現れます。

>馬超は自ら劉璋説得を願い出た。
アニメでは投降した馬超がその足で劉璋説得に向かって行きましたが、『演義』では綿竹で酒宴が設けられ、その間に攻めてきた劉俊と馬漢を趙雲が討ち取り、馬超が劉璋説得を申し出ます。

この趙雲の活躍は省略しても良いでしょう。

>馬超に説得されて劉璋は、この上の抵抗は無意味と思い極め、益州成都の城を明け渡した。
いきなり劉璋が降伏していましたが、『演義』では馬超の説得を受け降伏を決意、翌日、簡雍が使者として赴き正式に降伏します。

劉璋が降伏を決意した場面で同じ服装をした文官が5名、出てきていましたが、徹底抗戦を唱えたのは董和です。

劉備が今回得た益州の領土を分け与えることに趙雲が反対していました。
アニメでは単に「西川の土地」としか言っておらず、至って普通(戦争で得た土地を家臣に分配する)の事なのになぜ趙雲が反対した?となりますが、『演義』では「民有の土地」となっています。
なぜかアニメでは大事な部分を省略(この場面が必要か?とも思いますが)しているので意味が分からない話になってしまいました。

劉備の益州平定後、関羽が馬超と腕比べをしたい旨を上奏してくる有名な逸話がありますが、省略されていました。
上記の趙雲の諫言を描くより、こちらの場面のほうが有名なのですが・・・

>益州を手に入れた劉備のもとへ、呉の諸葛瑾が訪れた。
>劉備と関羽が善玉と悪玉を演じ分けてうやむやにするつもりでいたのだ。
諸葛亮にまんまと嵌められる諸葛瑾の話は『演義』通りでした。

>劉備はまずは長砂3郡を明け渡すと約束した。
「長砂3郡」はあらすじの誤訳ではなく、本編でもこう言っていました。
正しくは「長沙、零陵、桂陽の3郡」もしくは「長沙など3郡」です。

>これを聞いた孫権は激怒するが、魯粛の作戦により、関羽を招いて宴会をすることにした。
有名な「単刀会」です。
なぜか帰りの船を呼ぶ係りの周倉が関羽の後に終始控え、かつ周倉に船を呼ばせる合図となるセリフ「天下の土地は徳がある者が占むるべき・・・」も全部関羽が言ってしまいました。

また、刺客を率いるのは呂蒙だけでしたが、『演義』では甘寧と呂蒙です。
それにしても呂蒙が老将なのはなぜ・・・?

大要は変わらないのでまぁ良しとしましょう。

>しかし、曹操は孫権を攻撃するよりも先に張魯を攻め、漢中を手にすることを決意した。
単刀会と曹操の漢中征伐の間には重要な事件が2ッありますが、どちらも華麗にスルーされました。
1つは曹操を「王位」に就ける画策、と荀攸の死です。
王粲、杜襲、衛凱、和洽が曹操を魏王に就けようと画策しますが、荀攸が反対、それを聞いた曹操の怒りを買って荀攸は憤死します。

もう1つは献帝の皇后である伏皇后とその父・伏完による曹操暗殺計画です。
結局暗殺計画は未然に露見し、伏皇后、伏完、密書を運んでいた穆順は誅殺されてしまいます。

>しかし、曹操は孫権を攻撃するよりも先に張魯を攻め、漢中を手にすることを決意した。
夜中に曹操の元にやって来た曹仁を「一門とは言え通せない」と許褚が追い返す逸話が描かれていました。
確かに有名な話ですが、今まで特に許褚の細かい描写がされていた訳でも無く、わざわざ描く必要があった場面かはなはだ疑問です?

アニメでは曹操と曹仁が話ていましたが、『演義』では夏侯惇と3人で相談、漢中征伐を決めます。

来週は漢中争奪戦、そして再来週はいよいよ関羽の最期へと向かう樊城攻めです。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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